”シリーズ :旅の途中!”

色々な景色やモノを見て、色々な人に出会う旅

インド・ガヤの仏塔のスケッチ画


曼荼羅を考える

「曼荼羅/曼陀羅」とは、サンスクリット語のmandalaの音写で、通常本質とか精髄を意味するmandaと、~を具有するというァ意味をもつ接尾辞「la」という語の合成語とされ、本質、精髄をもつもの、万物の真理の表現画で、つまり 難行苦行の修行のすえ、真理、本質、実相を悟った人 ” 梵: बुद्ध・Buddha・仏陀 ” にも繋がることにもなります。

ブッダ


又、仏陀は、サンスクリット語の目覚める「 ブドゥ/ブドァ(budh) 」という言葉が語源で、「目覚めた人」や「悟りを開いた人」 を意味する言葉です。

・・・ 曼荼羅にはその悟りの境地が表現されています。



≪ まえがき ≫

私の50代は、毎年バックパッカーになり、インド三昧の生活をしていました。

目的は、 ・・・
宗教と宗教紛争(印パ紛争)、
ヨガ、曼荼羅、
ヒンドゥの四住期やカースト、
仏陀の足跡、
サドゥの生き方などの探求でした。

” 旅の写真 ”

インド・カシミール
インド・カシミール宗教紛争
Kashmir ☆ Srinagar / India
ヒンドゥとムスリム(印パ)の宗教紛争地


今回は、その探求の一つ、「曼荼羅」を体験談も交えて取り上げてみました。



” 曼荼羅 ”

油彩の曼荼羅画
 私が描いた油彩の曼荼羅画

曼荼羅 ・・・ 世間の捉え方!

色々な考え方があっても良いとは思うのですが、曼荼羅に対しての世間の風潮に気になることがあります。

昨今、丸(円)の中に綺麗な図柄(絵)を描いたものを”曼荼羅”と称している方々もいます。
・・・ 確かに綺麗な模様だとは思います。

曼荼羅は、何の知識もなく”無垢の状態”で描くこと・真の心の状態を描くことも重要だとは思います。
そのように描くことが曼荼羅画の本質だとも思っています。

しかし、一つの曼荼羅画を描くにしても・取り上げるにしても、”真の意味・行為を熟考する”必要もあるのではないかと思います。

Haridwar/India - 神仏と曼荼羅
Haridwar/India - 神仏と曼荼羅
”街中にある祈りの場”にて

それは、・・・
誠に残念なことですが、人間にとって”大切な悟りの境地”を表現した曼荼羅画を、サリンを撒いた某真理教の後継組織やその分派が”シンボルマーク”に使ったりしています。

どのような理由があるにせよ、人を殺めた組織の方々が曼荼羅を掲げているのには違和感を感じざるを得ません。

曼荼羅画には、表面的な美しさだけではなく、当然・人を殺めることでもなく、 自己を高め、人を救う道への心の修練が込められているということを知って描くことが必要ではないでしょうか。

Bodhgaya/India  :チベット僧
Bodhgaya/India  :チベット僧
《 信:修練 》
”経を読み・曼荼羅も描く”

※ ”曼荼羅”とは ・・・  

曼荼羅は、描いた絵に意味があるのではなく、 描いている最中の修練に意味があるらしいのです。

そこで、 ・・・

私が曼荼羅を描いているときには、 邪まなことを考え、描き終わったものは、大したことが無いのに自慢げに飾っていますので、”未熟と卑しい”という文字が私が描いた曼荼羅画には浮かび上がります。

     ▼

描き手の心が浮かび上がる絵!
そういうものらしいのです。

 Mahabodhi Temple
Mahabodhi Temple

曼荼羅/曼陀羅 は、仏教(密教)の世界観を表現したもので、万物の真理・宇宙の真理を思い描き、そこから生命の神秘や自己の存在意義などを考える悟りの道程が描かれているものなのです。

そして、 曼荼羅は、仏や菩薩を一定の方式に配し、悟りの境地を表した図形ですが、単に、円・輪・集合体と言う意味や壇(仏を招き供養するための聖なる場所)とか輪円具足(りんえんぐそく)との意味もあるようです。

日本での曼茶羅は、大きく分けると胎蔵界曼茶羅、金剛界曼茶羅に分かれますが、私の知る限りにおいては、インドやネパールではそのような分類法はしていないようです。

曼茶羅が中国を経て日本に伝わったときに”空海”が「胎蔵界と金剛界」という分類思想で紹介したようです。

「胎蔵界」とは文字通り”女性の子宮を意味し、「金剛界」とは不変不動を意味し、男根(塊)をも意味します。

空海は、”女性”性と”男性”性の日本的な二元論を曼茶羅を通して作り変えようとしたともいえますが、曼茶羅は、宗派によってその意味や解釈も異なると言われますので、参考意見に留めて下さい。

インド/ダラムサラ
砂曼荼羅を描くチベット僧侶
インド/ダラムサラ
砂曼荼羅を描くチベット僧侶

私が現地で見た曼茶羅は、仏が天を舞うような曼茶羅や幾何学模様の曼茶羅、抽象画のような曼茶羅があり、チベット僧が描く「砂曼茶羅」は、小さな筒から、色砂を指の振動で少しずつ落として描きます。

呼吸で砂が舞ってしまいますので、僧はマスクをして、息を止めながら描き、描き終わったら直ぐに壊します。

本来・曼荼羅は、描いた画に意味があるのではなく、 描いている最中の修練(無の境地になる)に意味があるらしいのです。

インド/ダラムサラ
砂曼荼羅を描くチベット僧侶
 Dharamsala
Bhaktapur
Dharamsala & Bhaktapur

曼茶羅を見て分かるのは、基本的な円と四角が中心となっていて、それが重積した求心的配列をとっていることです。

参考までに、胎蔵界曼茶羅は、衆生の無上の仏道心が、万物の大悲(胎内)の中で成長する過程を図形化したもので、図形の中央に”大日如来”が鎮座し、上部を”東”、下部を”西”、左を”北”、そして右を”南”とし、それぞれを”発心”、”菩提”、”涅槃”、”修行”の方角としているのが特徴です。

曼荼羅
胎蔵曼荼羅


又、金剛界曼茶羅は、「金剛頂経」に基ずく曼茶羅で、大日如来の智慧を表しているともいわれます。

曼荼羅
金剛曼荼羅


私の興味は、心理学的なところからの曼茶羅絵図(図形と構成の心理学的因果関係)は? との思いへ!

そこで、『 ユングと曼陀羅 』



” 分析心理学 ”

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カール・グスタフ・ユング

カール・グスタフ・ユング
Carl Gustav Jung

心理学者・ユングは神経症患者などが描く絵画に精神的な安らぎを感じるものがあることに不思議さを感じ、また、それらの絵にある類似点があることに気づきました。

その類似点は道教の本に出ていた曼茶羅と一致し、さらに曼茶羅的配列の絵画はエジプトやギリシャなどの遺跡にも残されており、ユングはこれを単なる個人の創造や思いつきで作られるものではなく、すべての人間が所有する基本的な形象(円や四角の幾何学図形の配列と求心的構図)ではないかと考えるに至ります。

ユングは曼茶羅を「自分自身でも意識できない部分を含めた心全体を表す図」と捉えています。

高僧達が瞑想によって得た宇宙観を描いた曼茶羅を見て、神秘的な感じを受けるのは私達の心の無意識の部分にも共鳴する部分があるからだというのです。

「無意識」とは仏教で「阿頼耶識(ア-ラヤシキ)」といわれ、普段は自我意識の奥にあり、外から情報(識)を自我意識を通して吸収しているが、時々表に出てくるものとされ、ほぼ同じ意味でとらえられています。

曼茶羅は、心の内なる中心を具現化して表したものといえます。

曼茶羅


また、曼茶羅は、”円と四角”の幾何学図形と”4と9”という数字に密接な関連があります。

仏教では、4は完全数、9は還元数で異次元の数とされています。

このような円や四角、4と9でモザイクされた曼茶羅を分裂病とか神経症の患者が発病期や治療期といった転換期で書くことはユングを始め、多くの深層心理学者が指摘しています。 

それらの場合、円のイメージの厳格な秩序が心的状態の無秩序と混乱を補償していると考えられます。

その補償作用は中心点が構築され、それを中心にしてすべてのものが秩序づけられたり、あるいはさまざまな無秩序なもの・対立しているもの・結合できないものが同心円的に整然と配置されることによります。

これは明らかに自然の自己治癒の試みであって、それは何か意識的な熟慮といったものではなく、本能的な衝動から生まれるものであると言われます。

これらのことから、ユングは、人々は心の奥底にこのような形象をもっていると考え、その基礎的な図式を「元型」と名付けます。

この「元型」が現れる根底にあるものは、あらゆる時代・あらゆる場所において非常に似たシンボルを作り出す、個人に意識されない普遍的なものだとして、これを「集合無意識」と名付けています。



カール・グスタフ・ユングの著書には「マンダラと固体化」「表象と象徴」「無意識の心理学」「心的類型」などがあります。

(参考) 図形による心理的分析には、スイスの精神科医師「ロールシャッハ」によるロールシャッハテストがあります。

ご存知の方も多いと思いますが、年代(幼児・思春期・壮年期・晩年期)や職業・性別、病(分裂症・精神病など)の状態がある程度分かるそうです。

また、ある 色彩心理・造形心理学者によると、
『 造形は快い刺激となって、過去の経験に照応され、いろいろな感情をもたらし、 五体を貫く感動の波に、ひしひしと生命感が迫ってくる。』
らしいのです。

自然光が作る神秘的図形
自然光が作る神秘的図形


・・・ このように、曼荼羅を含め”図形や造形”と人間の”心・精神”には密接な繋がりがあるようです。



《 番外編 》  ” 曼荼羅と宇宙 ”

■ 曼荼羅を描く=修行/”無明の闇”からの脱却:悟りの境地! ■

曼荼羅は、人間の生命や宇宙と関連する深みのある図形になっています。

曼荼羅図形の行きつくところは”命”と”源の世界”となる訳で、ある意味では”命の姿”と”宇宙=仏界(唯識論)”を表現しているのではないでしょうか。

その宇宙(仏界)が誕生し、生命(人間)も誕生した訳ですが、生命に終わりがあるように、宇宙の終わりはあるのだろうか、どうなるのだろうか、そして、人はどこに行くのだろうか (無明の闇) 、 ・・・・

そこで、ある雑誌に宇宙の終わり方についての記事がありましたので、参考に記載いたします。

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尚、下記の写真は、日本の宇宙物理学研究・天体観測チームにより2019年9月10日、宇宙観測史上で最古となる約135億年前に誕生した銀河を観測したそうですのでその写真を添付します。

※ この写真は、現代絵画・抽象画ではありません。

・・・ 凄いですね!  どのように観測し映像化したのだろうか?

宇宙の誕生(ビックバン)は137~8億年前とされていますから、その直後の出来事になります。

ある意味では、宇宙の始まりになります。
星々が活発に誕生しているさまが映し出されているすごい写真です。

ここから生命の誕生に至る訳です。

・・・ まさしく、生命の神秘!
見続けていると、曼荼羅のようにも見えてくるから不思議です。

ビックバン直後の宇宙
宇宙の始まり/ビックバン直後の宇宙


曼茶羅のみなもと ・・>
・・> 生命・宇宙の神秘

”Newton”という科学雑誌の2020年2月号に、【 生まれ変わるか・無に帰すか? ”宇宙の終わり” 】という記事がありました。

そこに面白いことが書かれていましたので紹介いたします。

東京大学ビッグバン宇宙国際研究センター・横山順一教授によると、宇宙の最後は、10の34乗年くらいにブラックホール以外の天体は消滅し、その後10の100乗年くらいになると、ブラックホール同士がまとまり途轍もなく大きなブラックホールが誕生するそうです。

そのブラックホールが蒸発してなくなり宇宙は終わるそうですが、巨大なブラックホールが蒸発する直前になると、 ブラックホールのごく近くの領域が、ビッグバンのころのように超高温になり、それをきっかけにして、その領域の空間がブラックホールの内側に向けて膨張していき、新たな宇宙を作りだす可能性があるそうです。

ただし、不思議なことに、ブラックホールの蒸発を外側から見ている観測者からは何も残らないように見えると言います。

つまり、私たちの宇宙とは、つながりが切れた、新たな宇宙が生まれることになるのです。

◇ 

※ 宇宙物理学の分野には興味はあるのですが、全くの素人の私には、どうしたらこのような推論が導き出されるのかが不思議でならない。

◇ 

しかし、このことは、とてつもない長い時間(想像を絶する時間)と重力・質量や熱量によって起こる現象で、実際にこのようになるかは分かりません。

当然、学問的な仮説ですが、自然科学(天文学・宇宙物理学)の世界でも外側から見ている者には見えない、分からない/こちら側では存在を確認できないのに、あちら側では存在している世界がある。(誕生する)という所に興味がありました。

この推論でいくと、我々の住んでいるこの宇宙の前に別の宇宙があったのかもしれないということにもなります。

しかし、前の宇宙の存在や跡形は、今の宇宙からでは見えない・分からないということになります。

我々は、曼荼羅の図形にも共通する実に不思議な世界に生きている訳です!

India/Sadhu
India/Sadhu

修行を積んだ高僧が、曼茶羅 ・輪円具足を描くときには生命や宇宙:仏界の神秘が脳裏に浮かぶそうですが、どのような景色/終わり方が浮かぶのだろうか



宇宙の話に興味のある方は、特集で「宇宙」のシリーズがありますので下記をクリックしてみて下さい。

■  《 宇宙 Part1 》
宇宙の始まり☆宇宙を包む無とは

■  《 宇宙 Part 2 》 
宇宙の新たな発見:銀河団☆天動説と地動説

■  《 宇宙 Part 3 》
生命の誕生と神秘

■  《 宇宙 Part 4 》
星にまつわるギリシャ神話と宇宙カレンダー



”曼荼羅”を描きながら考える!

” 世人薄俗にして、
共に不急の事を争う ”
・・・ 仏陀

以上です