”シリーズ :旅の途中!”

色々な景色やモノを見て、色々な人に出会う旅

リスボンのスケッチ画

《 ヨガ・瞑想 》



【 この特集は、瞑想に焦点を当てたヨガの紹介です。 】

昨今の健康法のヨガが流行っていますが、本来は インド古来のバラモン教>ヒンドゥー教の聖者たちによる宗教行法/解脱に至る修行の一つと考えての ” ヨガ・瞑想 ” の紹介ですので、少しばかり趣が異なるかもしれません。

又、 ”ぐーたら人間” が書いているものですからヨガの教本的なモノでもありませんので軽い気持ちでお読み下さい。



【 ヨガ・瞑想 】

参考として、
私が、インド/リシュケシのアシュラムで体験した一つのヨガについて簡単に説明いたします。

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修行法のヨガの一つに”クリヤ・ヨガ( KriyaYoga) ”というものがあります。

”クリヤ”は、行為を意味する言葉で、一体・結合を意味する言葉が”ヨガ”です。
ヨガ行為を行う人を”ヨギ”と言う訳です。

根源的宇宙エネルギー(神)のことを”ブラゥナー ”といい、そのものと一体・結合する行為・行動がクリヤ・ヨガの基本であり、精神性に重点を置いたヨガの原点的なモノではないかと思っています。

バラナシ・ガンガ (ガンジス河)の夜明け
バラナシ・ガンガ (ガンジス河)の夜明けの写真


”クリヤ・ヨガ( KriyaYoga) ” の詳しい歴史については専門書にお任せするとして、ここでは簡単に記載しておきます。

AD200年頃に、ヒマラヤで修行してた不老不死の聖者 ” マハー・アヴァター・ババジ(Mahavatar Babaji )” が、インドの聖者に伝わるヨガを蘇らせ、20世紀に入って、ヨガの指導者 ” パラマハンサ・ヨガナンダ ( Yogananda / AD1893~1952 ) ”によって世界的に普及したようです。

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マハー・アヴァター・ババジ ですが、マハーは「偉大」を意味し、アヴァターは「神の化身」を意味し、ババジは「聖父」を意味する言葉です。
詳しく知りたい方は、ヨガナンダ の著書に『あるヨギの自叙伝 (森北出版) 』 がありますので、参考にしてみて下さい。
それによると マハー・アヴァター・ババジ に は、 神仏に近い伝説があるようです。

尚、インド(サンスクリット語)で、ババ( Bābā )と言えば 、「父」を意味する言葉で、サティヤ・サイ・ババ( Sathya Sai Baba /  霊的指導者 )や シルディ・サイ・ババ ( Shirdi Sai Baba /  霊的指導者 )が有名です。

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このクリヤ・ヨガは、原始キリスト教や仏教・神道などの宗教の悟りの修行法として取り上げていたみたいで、私が考えるには、仏教やキリスト教の考えを取り入れていた某真理教の教祖が指導していた”ヨガ”は、このクリヤ・ヨガだったような気がいたします。

私見になりますが、クリヤヨガはある意味ではかなりハード、且つ スピリチャルなモノで、現在一般的に言われる健康法やポーズなどをとる”ヨガ”とは異なる位置付けではないかと思っています。

それは、下の写真のクリヤヨガの指導者に色々と教わったのですが、”グータラ人間”の私がイメージしていたヨガとは異なり、身も心もそして頭も、全くついていけないモノでした。

クリヤヨガを教える僧侶
インド:リシュケッシュ
クリヤヨガを教える僧侶


そんな訳で、私の体験したヨガ・瞑想は、”グータラ人間”によるものですから、いい加減なモノです。

しかし、いくらいい加減でも梵我一如に至る悟りの手法であったことには間違いなく、単なる健康法とは異なりますので、そこを承知おき下さい。



≪ 瞑想 ≫

インド・サドゥ

サドゥは、心の中までお見通し!

インド・サドゥ

何も知らんくせに、・・・
偉そうなことは言うな!

・・・ ということですが、
チョットだけ知ったかぶりをさせて下さい。

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まず初めに!・・・・ 
自然科学/医学的な判断では
・・ 【 瞑想 】とはなにか?

自然科学/医学的には、大脳新皮質の活動を呼吸法により停止させ、その際に何かが見え、そして変化が起きてくる状態をさすらしい。

・・・・ 覚醒を高めると起こる現象に意義を持たせた状況という解釈になります。



エリアーデ”の書籍「シャーマニズム」によると、中央アジア/チベットあたりの瞑想法は、シャーマンが種々の方法で”トランス(過呼吸)”状態に導いたり、修練による呼吸法によるものですが、 南米のインディオやアメリカ先住民・アマゾンの住民は、幻覚性植物(所謂:ドラッグ)を使う瞑想により霊的体験をし、病の根源や神仏・先祖そして自我との対話を試みるようです。

このように色々な瞑想法がありますが、気持ちよくなる時間(開放感)や超能的な力を持つ為だけの技術(錯覚瞑想)でなく、真理に近づく為のとても重要な過程/修練としての【 瞑想 】もあります。

正しい瞑想により潜んでいた”自我”や”潜在能力・未知の力”等と対峙・対話すことも出来るようですので、真摯に向かい合うことも必要だと思いますが、雑念から抜け出せない私には【 瞑想 】の意義について解らないことだらけです。

インド・サドゥ




  ヨガ☆瞑想

 Buddha Mahabodhi Templ
Buddha
Mahabodhi Temple

まずは、私のインド/リシュケッシュ(ヨガの聖地)などでの座禅瞑想を試みた体験談から、・・・

インド北部・ガンガ/ガンジス河上流のリシュケッシ


インド北部・ガンガ/ガンジス河上流のリシュケッシュ(上の写真)では、最初にヨガの定義的なことから入り、呼吸法などをマスターしてから”ヨガの行”の実地的な修練に入ります。

修練には”マントラ”を唱える時間も入っています。

アシュラムによって異なりますが、朝の5時から夕方6時くらいまでが瞑想や修練の時間になります。

又、かなり宗教色の濃いいアシュラムもありますので、日本的なヨガと思って行くと面喰います。

それは、ヨガは、インド古来のバラモン教>ヒンドゥー教の宗教行法/解脱に至る修行の一つで、単なる健康法とは違いますので、基本的な修行法をマスターしてから”行”に入るからなのです。

今回は、修行法なしの参考記述ですが、”ヨガの行”を安易/簡単に考えないようにして下さい。

尚、ヨガ・行に興味がある方には参考書籍に、”超”心理学者・本山博氏の書籍「チャクラ・異次元への接点」 / 宗教心理学研究所出版があります。

本山博氏は、ユネスコから世界の著名・超心理学者10人の一人に選ばれています。


ヨガの”行”による ・・・
クンダリーニ覚醒

インド・サドゥ

《 上の写真のサドゥ 》
インド:ガンガー上流にての驚き!
朝7時~夜6時まで動かずに座禅瞑想していた。

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クンダリーニとは、ヨガの用語で、生命の根源的なエネルギーを意味します。

宇宙に存在するとされる根源的宇宙エネルギーのことをブラゥナーといい、このブラゥナーが人間の肉体の中で存在している状態(エネルギー)をクンダリーニといいます。

このクンダリーニは、通常・人間の肉体に閉じ込められているということで、人間が生まれるということは、このクンダリーニが分割分有(親と子)されるということにもなります。

クンダリーニは、脊椎の真下の会陰(一つのチャクラ)のあたりにあり通常は静かに眠っていますが、ヨガの行によって覚醒します。

覚醒したクンダリーニは、脊椎にそって体内を上昇していき、その過程で七つのチャクラにおいて、外の宇宙エネルギーと交信することになるようです。

それによってクンダリーニは、ますます活性化されていき、更に上昇してついには、頭頂部の最後のチャクラから外に抜け出ます。

そこで肉体から開放された生命エネルギーは宇宙エネルギーと一体になり”神”とも一体化するといわれます。

この場合の”神”とは宇宙の根源的なエネルギーそのものを指します。

インドの思想背景には、この世の全ての存在は仮象であり、真の実体は唯一つで、それが先ほど述べた”神(ブラゥナー)”なのです。

このクンダリーニを覚醒させ、チャクラを開く為には、ヨガの”行”が必要になるようです。


そのヨガの”行”について

インド・サドゥ


座禅を組み、足のかかとをクンダリーニが眠る脊椎の真下の会陰(一つのチャクラ)のあたりにあてがうようにします。

そこからヨガの独自の呼吸法により息を整えます。

それから大きく息を吸って息とともに宇宙エネルギーを吸い込み、一旦息を止めて宇宙のエネルギーを体内に循環させてからゆっくりと吐き出します。

鼻呼吸で、吸う:吐くを1:1~1:2(註/呼吸法には諸説あり)くらいの割合で行い、同時にあらゆる感覚の働きを押さえ、何ものにも心を乱されないようにして、精神を集中させ無意識にわき上がる不要な雑念に心を乱されないようにします。

このような瞑想を続けていくと、チャクラがどんどん開いていき、やがて 最高のチャクラが開き、意識の世界も無意識の世界も超越した精神の自由な世界に入ります。

それが、自我が宇宙エネルギーと融合した境地で、”三昧”といわれる世界です。 これがいわゆる解脱(moksa)の境地になります。

クンダリーニが目覚め、チャクラが開いていくに従って、肉体にもさまざまな変化が現れます。

ヨガの”行・瞑想”によるクンダリーニ覚醒を簡単に説明するとこのようなことになりますが、このような”行”や”瞑想”は、専門的な知識を持った方に誘導してもらい行わないとなりません。

また、勘違いされている方もいると思いますので、再度・記載しておきます。 

・・・・ ”ヨガは、インド古来のバラモン教>ヒンドゥー教の宗教行法/解脱に至る修行の一つで、単なる健康法とは違います。”

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ガンガ(ガンジス河)の上流
岩場で座禅瞑想をする人々。

インド・サドゥ
インド・サドゥ


正直なところ!
体が硬く・ものぐさで・雑念の多い”ぐーたら”な私は、このヨガが苦手です。

情けないが、インド/ リシュケッシュでの修行中 ・指導者(僧侶) に、貴方には無理だから、マントラを唱えるだけにしなさいと言われてしまいました。

しかし、マントラと言ってもサンスクリット語が分からないので、口をモゴモゴしていただけでした。

修行を積んだ指導者には、見えるんですね ・・・ ”中途半端な人間”が!

しかし、比叡山の高僧の ”回峰行 ”みたいなことを修練しているサドゥもいるのが分かりました。

ま~、ヨガ/無理はしないことが大切なようです。
・・・・・ 言い訳のようですが、指導者(僧侶) が言っていた言葉です。
それでも体験談くらいは書けますので、偉そうに書いてみました!

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尚、私の座禅瞑想は、野狐禅での瞑想ですので、瞑想中には様々な悩みなどが駆け巡ります。

それに雑念も多く”無”の境地などとは程遠いのですが、それを良しとして自分との対話を楽しんでいます。

又、疲れたり、気が向かない時にはすぐに止めてしまいます。

・・・ 私には、ヨガだけでなく行法的な瞑想も無理なようです!

そんな訳で、リシュケッシュでヨガの指導者(僧侶) にも匙を投げられたのでしょう。

インド・サドゥと私


ところで、最後に!
余談になりますが、私の二十年ほど前の五十代はインド三昧でした。

取りつかれたように毎年のようにインドを旅し、毎回一ヶ月半くらい滞在していました。

その頃のインドは現在とは異なり、まだまだ”俗にいうインド”そのものでしたが、”文化の国インド”も現在は欧米文明に飲み込まれているようです。

・・・ 外野からの意見ですが、インドにはカオスや不変文化がよく似合う!

インド


そんな訳で、ここで掲載している写真や物語は、二十年近くも前のものなので、現在のインドを表現していないかもしれませんが、ご理解の上お読みください。

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ヨガはインド古来のバラモン教>ヒンドゥー教の宗教行法/解脱に至る修行の一つですが、ヒンドゥー教にはいくつかの宗教上の聖地があります。

その一つがリシュケッシュのガンガー(ガンジス河)を少し下ると聖地:ハリドワールがあります。毎晩 ガンガー の川沿いではプージャ (礼拝の儀礼) が行われています。

ここはガンガー上流のためか水は冷たく、見た目は綺麗です。

そこから更に、首都デリーを通り越して下っていくと(満員列車で一昼夜)インド/ヒンドゥー教 最大の聖地・バラナシがあります。

《 満員列車はこんな状態! 》

定刻より7時間遅れの列車内は、あまりに混んでいて身動きがとれないので、座席に坐して瞑想の真似事をしていたら、大人から子供まで私に ”何しているの?” てな感じで話し掛けるは、チョッカイを出すはで、”無の境地”どころではない。

ま~、インド人はよく喋るし、一人にしておいてはくれない!

そして、こっちが迷惑しているのに、何でもかんでも ” No problem ” ですます。

インドの列車
インドの列車
インドの列車
列車内
インドの列車
駅のホーム
インドのバス
バスでの移動はこんな感じ
Pathankot ≫ Dharamsala


”バラナシ”に着きました!

バラナシ


バラナシ : ここにはサドゥが沢山集まっています。

仏教の聖地:サルナートも近くにあり、少し足を延ばせば(やはり満員の列車で一晩)釈迦が、菩提樹の下で座禅瞑想して悟りを開いたブッダガヤもあります。

BodhGaya / India
BodhGaya / India
シダルータが仏陀に
《 瞑想菩提樹 

ヒンドゥー教徒にとっては、バラナシのガンガ(ガンジス河) は天 (ブラゥナー)と地(人間)を結ぶ河であり、”現生の罪や穢れ”といったものを洗い流し、次の生へ導いてくれる唯一の場所なのです。

又、このバラナシにはヨガ教室も多くあり、毎晩 プージャの催事も 行われている最大聖地ですが、茶色く濁った聖なる河/ガンガの汚染はひどいもんです。

生と死が混在しているインド!

このインドの最大聖地/バラナシには有名なマニカルニカガート(火葬場)があります。

街中を数人が担ぐ木組みの担架でこのマニカルニカガートに運ばれた死体は、ガンガ(ガンジス河)で 清めてから焼かれます。

この地で火葬されガンガに流されることが、輪廻転生を信じるヒンドゥにとっては最大の喜びなのです。

薪の上で焼かれる人の炎!

その炎の傍で子供や牛たちが水浴びをしています。

この聖なる河は、宗教上の行為で死体が流れ、火葬された灰が流れ、沐浴をし、泳ぎ、歯を磨き、体を洗い、洗濯もし、汚物も流れ ています。

・・・ このようなことが果てしなく続いているのです。

だから聖なる河/ガンガ(ガンジス河) は、ものすごく汚染されています。

Varanasi-Ganga / India
Varanasi-Ganga / India

このガンガに免疫のあるインド人が、死体の流れる傍で沐浴しても・口を濯いでもなんともないのですが、インド人以外の方が同じようなことをすれば、多くの方が下痢に嘔吐、高熱で、最低一週間位は寝込みます。

しかし、この河の汚染の最大の原因は宗教上のことが多く、なんともしがたいのが現状のようです。

インド・ブッダガヤ


ヨガ・瞑想にも繋がる
インド人・ヒンドゥ教の人生訓

インドの宗教的生き方
・ヒンドゥーの四住期・

《 学生期 》
真理を学ぶ時期
《 家住期 》
職業に専念する時期
《 林住期 》
社会的な義務を残しつつ隠遁生活を送る時期
《 遊行期(遁世期)》
あらゆる社会的義務から解放された時期

一期/ニ期は、正しく学び・働き・遊び・失敗や成功を体験し、 そして、人生の悲哀も感じ、恋もし・楽しみ悲しむ。

時の経過と共に種々の喜怒哀楽を体験し、ニ期の終わり頃には”無常”などという言葉も浮かんでくる。

そして、三期に入り、社会的な行為や”物質主義”から少しずつ離れ、人里離れた山などに庵・居を移し、自己との対話を試みるようになる。

・・・・・・・ その頃になると、死と死後などを考えるようになり、無常などの言葉が理解できてくる。

四期には、精神的思考に入り、”死”を待ちながら、人生を省みて、次の”生”のための精神の浄化を試みながら生きるようにしています。

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・・・ 実際に!このような宗教的決まりごとに副って生きている方々が多くいるのがインドの魅力であり不思議・カオスを生みだし、ヨガの行などが生まれている訳です。

《 ヨガ・瞑想 》

色々な捉え方があっても良いとは思うのですが、私は、ヒンドゥの方たちが、心身のバランスを整えると共に精神を清め、次の生:より良き輪廻 を願い、 ”ブラゥナー”に近づいていくための行法の一つと考えています。

”生”を見つめると同時に、誰にでも訪れる”死”をも見つめて、その先にあるかもしれない”何か”を探していくこと、それは生命( アーユス )の真理・知 (ヴェーダ )の探求や心身のバランス・調和を重視する /アーユルヴェーダ ≫ウパニシャッド にも繋がるのではないかと思っています。


最後に、・・・
生と死が混在しているインド!
その写真を掲載いたします。

この生と死・輪廻転生を規範にしてヨガ、そして瞑想が生まれていますので、生々しい写真がありますが目をそらさずに見て下さい。

ある意味では、彼らには次の生への喜びの儀式でもあるのです!



次の”生”への旅たち
Manikarnika Ghat
Varanasi – India

Manikarnika Ghat
Manikarnika Ghat
Manikarnika Ghat
Manikarnika Ghat
Manikarnika Ghat
Manikarnika Ghat
Manikarnika Ghat
インド・ガンガ
インド・ガンガ

合掌!

インド・サドゥ


尚、ヨガの瞑想法とは異なりますが、ルドルフ・シュタイナーという人智学者の述べている瞑想法も記載しましたので興味のある方は下記をクリックしてみて下さい。

《 瞑想の続編 》
Rudolf Steiner’s Meditation