2019年10月23日

富士見高原からの南アルプス連峰(甲斐駒)


”死ぬの生きるの騒いでみても”は、故・遠藤周作氏の「心の砂時計」という書籍の中のエッセイの題名です。後記してありますので読んでみて下さい。

・・・ 悲喜交々

台風19号の被害状況

10月13日に関東に上陸した台風19号の被害は、 84人死亡9人行方不明 71河川(千曲川・阿武隈川・久慈川・多摩川など)で決壊・氾濫し、東京の多摩川も氾濫し、二子玉川・武蔵小杉や田園調布も浸水した。関東の鉄道や中央道も一時上下線が不通になり、大変な被害が出ました。

天皇即位の礼

うってかわってお祝いムードの日本!
昨日 10月22日は令和天皇の即位の礼があり、都内は朝からの雨と交通規制でマヒ状態だったようです。なお、台風19号の被害者の方たちを考え、パレードは11月に延期だそうです。


・・・・ 悲喜交々

India/sadhu – 達観! (多分?)





10月23日(水)
シリーズ:旅の途中! 2019年版は、今回で終わることに致しました。

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まだ年の瀬ではありませんが、 シリーズ:旅の途中!/2019年版のFinal  ということで今年度の整理をしてみると・・・・
今年も色々な景色を見て、色々な人と出会いました。
そして、悲喜交々!
自分の周囲 (家族も含めて) で起こっていることでも驚く位に感傷的になった年です。
感傷的になり、書棚から何冊か引っ張り出して読んでいましたら、感傷的な雰囲気を吹っ飛ばすくらいに笑えて且つ、今の心境に近いものを見つけましたのでこの”エッセイ”で終わりたいと思います。
・・・・ グーたら人間の”締めくくり”にはピッタリだと思います!

故・遠藤周作氏の「心の砂時計/文芸春秋」という書籍に書いてあったもので、 「死ぬの生きるの騒いでみても・・・・」というエッセイで す。


《 死ぬの生きるの騒いでみても ・・・・ 遠藤周作 》

今年の風邪のシッこい事。
私が風邪をひいたな、と思った時からもう十日を過ぎた。

熱でもあれば床に伏すのだろうが、今年の風邪の特徴は熱なく、ただ咳がつづく。
そして時々、異様に体がだるくなる。
そういうわけで仕事場にも出かけ、平生通りに働いているのだが、気力が続かない。
弱虫の私は、


「 もうそろそろ死ぬ時が近づいたのか 」


と本気で考え、帰宅すると家人に、


「 今夜など、ひょっとして息を引きとるかもしれぬ 」


などと食卓で言う。
家人たちは私のそういう発言に馴れているから馬鹿にしたような顔をして、


『 ああ、そうですか 』


と平気なものだ。


「 長いことお世話になりました。

我儘な男でしたから御迷惑をおかけしたと思います。
私が亡きあともお幸せにお暮し下さい 」

『 ああ、そうですか 』

ノレンに腕おしのような扱いを受けると私も段々、癪にさわってくる。
少しは心配そうな顔をしたらどうだ。
嘘とわかっても、わざと驚いてみせたり、心配げな顔をしたり、
「 もう死なれては困ります 」
ぐらい言うのが少なくとも同じ屋根の下で暮した者の礼儀であろう。

そういう礼儀、そういう作法を無視して 「 ああ、そうですか 」 と人を小馬鹿にしたようなものの言い方をされると、私といえどもムッとする。
あとはもう何も言ってやらない。

言う気もしないから黙々として箸を動かしている。
そしてこの女が死ぬ時、何か言っても、


「 ああ、そうですか 」


と同じ返事をしてやろうかなどと考える。


『 おかわりは 』


「 いらん 」


『 お茶 』


「 いらん 」


食卓から離れて寝室に行き、着の身着のままで布団を頭から引っかぶって考える。
何だか、こんな気分、こんな一日を書いた小説があったぞ。

そうだ、チェーホフの小品だ。
『退屈な話』だったっけな。
倦怠期の夫婦の会話があれとそっくりだ。
あれを読んだ学生時代、この主人公の生活はなんてツマらないんだろうと思ったものだが、自分の人生だって歳月が流れた今、結局は同じ光景を演じているじゃないか。
人間なんて外界がいくら進歩したって、そう変わるもんじゃないのか。
やがて、いつものようにパジャマに着がえ、ベッドで本を読み、落語のテープをきいて睡魔を待つ。
よく朝、目がさめる。

陽が窓から明るい。
体の調子も大分よくなった。
洗面を済ませ、狭い家の屋上に出て深呼吸をやり、

「 おはよう 」


と快活に食堂に入る。

そして、

「 今日は久しぶりに上天気だな。 仕事場の帰りに花見でも行ってみるか。 人生楽しまなくちゃならん 」


『 おや、昨夜、死ぬはずじゃなかったのですか 』


と家人は馬鹿にしたような言い方をまたする。


「 何だと、生きてて、悪かったね。 え~、俺が生きてちゃ悪いのか。 そんなに死んでほしいのか 」


ふたたび口喧嘩がはじまる。チェーホフの短編が頭をふたたびかすめる。
そして自分でもアホらしく可笑しくなってくるのだが、この可笑しさを家人にみせぬようにわざとムッとして箸を動かす。


・・・・ お宅のご主人も同じですか


遠藤周作

死ぬの生きるの騒いでみても ・・・ 『 退屈な話 』 でした。
そして、悲喜交々に達観できずに感傷的になった年でした。
・・・・ お宅のご主人も同じですか。

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は ddfc0175f43126a6eee1d0d88664e75d-1024x683.jpg です
Sadhu/達観!(多分?)

2019年10月23日