シリーズ :旅の途中!

《 視点 2 》

” 精神科学/人智学 ”

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/バレンシア・スケッチ

ルドルフ シュタイナー  Part 2

《 ”考” 幸せとは? 》



人智学概論/精神的幸せの探求
《後編》
□ □ □
精神科学

Rudolf Steiner
Geisteswissenschaft / Anthroposophie

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/ドルナッハ
 Dornach / Switzerland
”似ている”
高尾山の中腹から八王子・多摩市を通し
新宿方面を見ている景色に!


ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/私とサドゥ

最初に、・・・

私は、一般人智学協会/アントロポゾフィー協会・日本人智学協会・神智学協会等やシュタイナー教育・シュタイナー研究会/勉強会等などへの所属や関連はしていません。

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ただの、 ” 人生の旅人・彷徨い人 ” でしかありませんが、 ” 旅の途中 ” で徒然に書き溜めていたものを、纏めてみましたのでお付き合い頂けたら幸いです。

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/インド・バラナシ
上の写真は、インド・バラナシ/ガンガの夜明けと仲良くなったサドゥ+私です。


” 人生の旅 ” とは別に、身に着いた 思考(考え方)や体臭を変えられないかとの思いからバックパッカー的な放浪旅もしてきました。

旅先はインドが多く、五十代の私はインド三昧でした。
取りつかれたように毎年のようにインドを旅し、毎回一ヶ月半くらい滞在していました。

その時にお会いした
インドのサドゥは、
なんでもお見通し!

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/インド・サドゥ

何も知らんくせに、
偉そうなことを言うな!

・・・ ということですが、
チョットだけ知ったかぶりをさせて下さい。

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/木漏れ日


なお、こちらの後編から入った方は、
前編ルドルフ シュタイナー Part 1
をお読みになってから、こちらに戻って下さることをお願い致します。



自然科学と精神科学の融合
★ ★
” 視点を変えて考えてみる ”


前編では、どのような学びでも、最初に基礎的なことを頭に入れることが大切ではないかとの思いから、神秘主義・思想というか、神秘学と言うか、その種の基礎的な背景を述べてきました。

この後編では、
Rudolf Steiner 
Geisteswissenschaft / Anthroposophie
の概論を紐解きながら、その思考を基に”人生での幸せとは?”などを考えてみたいと思っています。


Geisteswissenschaft / 精神科学

学びの入口での疑問から 》



その1 
Geisteswissenschaft とは

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/黒板画


”精神”のことを英語では「Spirit」、ドイツ語では「Geist」と言います。
では、”霊”のことはどうか?

英語では「Spirit」、ドイツ語では「Geist」といい、”精神”と”霊”は同じ言葉でも表され、日本語のように明確には分かれていません。

ですから、”Geisteswissenschaft” を”精神科学”と訳す人もいれば、”霊科学”と訳す人もいますが、どちらも正しいのです。
 
現在の日本(日本語)では、”精神”と”霊”を同じ言葉や意味合いで表現することはありませんが、欧米/キリスト教文化圏では、私たち日本人が考える”精神”と”霊”のようには考えていません。

この違いを認識して、シュタイナー叙述を読み進めないと途惑う事もありますので、注意が必要です。

因みに、肉体/死体についても、私たち日本人が考える、仏教的な思いとは異なっています。

日航機/御巣鷹山事故の際、現場検証での被害者のご遺体に対するアメリカと日本の対応の違いには驚かされた思いがあります。

その違いについては、当時の新聞や山崎豊子氏の大作「沈まぬ太陽(三)御巣鷹山篇」にも詳しくでています。

どちらが正しい・間違っているとかいう判断ではなく、文化の違いからくる”色”の見え方や”ベクトル的”な違いはあると思います。

ですから、欧米人のキリスト教をベースにした文化や思考と日本の文化や思考の違いを理解して読み進めて下さい。

そうでないと、 日本人の場合には、” 霊! なんだそりゃ~ ” と、単なる批判的思考に陥ることにもなりえます。


その2
宗教や文化の違い

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/黒板画


” Geisteswissenschaft / 精神科学 ”

自然科学の世界観や物質的な思考では認識できない”人間の本質”に迫ろうとする概論で、人間の根源的な学び・科学だから宗教・文化などの違いは関係ない。
・・・ のでしょうか?

欧米での宗教(キリスト教)は日常的というか生活の一部で、欧米人の体臭そのものに組み込まれているんですね。

ですから、仏教等の文化の人々や宗教臭を嫌う人々とは、感じ方や理解の仕方が異なるのは致し方が無い事なんだと思っています。

” 感じ方や理解の仕方 ”
それが、このような学びの難しいところであり宿命でもあります。



その3
精神科学は、宗教 或いは 科学?

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/黒板画


どうしても、ルドルフ シュタイナーの思考・叙述(アントロポゾフィー/人智学)の”学び”の途中で、一つの疑問が湧き上がります。

それは、シュタイナーの思考・叙述は、信じるという括りの”宗教”とみなすべきなのか、それとも是々非々で捉える”学問”として学ぶべきなのか? 
・・・・・ 或いは、前述したように「なんだかな~」 と、本を閉じてしまうのか?

◇ ◇ ◇ ◇ ◇  ◇

シュタイナーは、湧き上がるこの種の疑問について、神秘学・アントロポゾフィーは”科学/学問”であるということを前提に”神秘学の性格”という文献で、下記のように述べています。

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/シュタイナー
Steiner

■  Rudolf Steiner

神秘学者は、自然科学の価値を誤って判断するつもりはなく、かえって自然科学者以上にその価値を認めようとしている。

神秘学者は、自然科学にみられる思考方法なしには、どんな科学も基礎づけることができないことを知っている。

しかし、神秘学者は、この厳密さが、自然科学的思考の精神に真に通じることによって獲得されるならば、その厳密さを、魂の力を通して他の諸領域のために保持しておくことができることも知っているのです。
・・・後略

■  Rudolf Steiner

科学の成立は、本質的には科学が捉える対象からではなく、科学的な努力の中に現れる人間の魂の活動のあり方から確認されるのである。

科学を学んで身につけるときに、魂がどのような状態であるのかに目を向けなければならない。

感覚に明らかであるものが考察されるときにしか、この魂の活動のありかたは存在しないという習慣が身についていると、感覚に明らかであるものだけが本質的なものであるという見解に容易に陥るのである。 ・・・後略

■  Rudolf Steiner

日常や通常の学問においては、人間の認識活動は超感覚世界に立ち入る事の出来ない状態にある。

この(神秘学)証明は、人間の自然のままの眼は、その視力では生物の小さな細胞やはるかかなたの天体の状態にまで迫る事が出来ないことを示す為の証明と同じ価値しか持ちません。

通常の視力では細胞にまで達しないという主張が正しく、証明可能であるように、通常の認識では超感覚的世界に立ち入る事ができないという主張も正しく証明可能です。

しかし、通常の視力が細胞にまで及ばないという証明は、細胞の研究を止めさせる事にはならない。

だとすれば、通常の認識能力が超感覚世界にまで及ばないという証明が、なぜ超感覚世界の研究を止めさせる事になるのだろうか。
・・・後略

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/紅葉
八ヶ岳・編笠山中腹の紅葉

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/インド・私

《 体験的思い 》
※ 宗教 或いは科学(学問)?

あくまでも原則論ですが、・・・・
宗教には信じるという”縛り”の元に学びがあります。

しかし、科学(学問)の学びには”縛り”があってはならないのです。
科学(学問)ならば、自由に思考できるということではないでしょうか?

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/夜空
八ヶ岳の星空


私が思うところの科学(精神科学)の学びとは、・・・・

誰もが学びにより その物語の中に入っていける”旅!”であり、間違いがあるならそれを認め修正していく勇気ある”旅!”の物語でなくてはなりません。

そんな”旅” で乗っている”馬”が”競争馬”みたいに一方向だけの視界しか与えられないのでは困ります。



【 参考 : 一方向だけの視界 】

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/インド・サドゥ
合掌するしかない
出来事!

なぜ、 あんなことを!

某真理教の地下鉄や松本市でサリンを撒いた死刑囚や無期懲役囚(元応用物理学者や元外科医師)の言葉です。

★ 命の不思議・現代の科学が避けているような精神的問題 或いは、なぜ生きるかなどの疑問を解決してくれる法則があるはずだ!
それを追求したいと思っていた。

★ この時代のこの場所に、
なぜ自分は存在しているのか。
その意義!
それが僕の知りたいところだった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇  ◇

首謀者(教祖)を除く”彼ら”は、至って純粋な気持ちから、自分自身の日常や人生に対する疑問を抱え、病気の人々を助けられない虚しさや自然科学での論理では答えが見つからない苦しさ、不安からの逃避が入信の動機になっていたようです。

そして、気が付かないうちに、人を助けるということの真逆にある殺人まで犯してしまいました。

この事件を映画化した監督の話です。
★ 拘置所で面会した”彼ら”は 、繊細であると同時に、優しさと善意が服を着ているような男たちだった

◇ ◇ ◇ ◇ ◇  ◇

”彼ら”12人! 無期懲役囚の元外科医師を除き死刑は執行され、・・・
もうこの世にはいない。



なぜ、 あんなことを!

さるべき業縁の催せば、
如何なる振舞もすべし。- 親鸞

《 現代風解釈 》
あのようなことは絶対にしないと、
言い切れない - 親鸞

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※ 私も彼らと同じような考え方・動機でスピリチュアルな思考に嵌り、インドを旅し・シュタイナー書籍を紐解いてきました。

私が彼らと違ったのは、偏に ” 素直 ” でなかったことだと思っています。

” 素直 ” でなかったこととは、 色々な人々に会い、色々な考え方や生き方を見聞してきて、”ひと・考え・宗教・現象等 ” の全てに対して ” one of them ” 的であり ” モノゴト・思考などを決めつけない ” ように対処できたことではないかとも思っています。

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/インド・サドゥ
やはり、
合掌するしかない!

宗教とか科学とかの問題以前に、
”彼ら”からの教訓!

”学びやその集まり!”
どのようなモノでも、集う動機・切っ掛けは似ています。
健康・憂い・憤り・不条理 或いは、向上心/優越心等などではないでしょうか。

そして、・・・・
どのような集まりにも、ある要素が潜んでいます。

それは、 ”知識の勘違いや間違った拘り/特権意識や優越を求める心” に陥り、思考や行動が一方向に偏りを生じるという要素です。

結果、強烈な仲間意識が生まれ、意識的・無意識的に同様の考え方/思考の人達でまとまり、その輪の外側の人達を蔑視・軽視するようになり、独特の世界観を作ってしまいます。

”彼ら”からの教訓でもあります。

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ですから、”学び”の視野は広く、且つ 自らを律しながらも客観性は持ち合わせたいものです。

凡夫の個人的な意見(体験的思い)を付け加えておきます。




精神科学/人智学



《 Rudolf Steiner 》

Geisteswissenschaft
Anthroposophie 

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/第一ゲーテアヌム
完成直後の第一ゲーテアヌム


ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/シュタイナー
Rudolf Steiner

ルドルフシュタイナーは、20歳前後! カール・ユリウス・シュレーアー(ゲーテ研究者)との出会いの頃(1879年)から、自身の霊的な体験や霊的魂的見解を他者に話し始めます。

その後、ゲーテの自然科学論集の編纂という仕事や自由の可能性をダイナミックに追究していき、1886年 / 25歳 の時に最初の書籍「ゲーテ的世界観の認識論」を執筆しています。

その頃から、自らの思考論理を、Geist(精神,霊)の Wissenschaft(科学)=Geisteswissenschaft (精神科学) > 心霊主義者的思考から「精神的諸現象の経験科学」へと導 いていますが、神秘学関連の活動を活発にしていくのは40歳を過ぎた頃からになります。

彼の心情は、自らの理念/思考を民衆に直に伝えることであり、そこに力を注ぎドイツの各都市~ヨーロッパの各都市でエネルギッシュに講演を行っています。

講演の回数は5965回( 講演のうち、記録に残っているのは約4,300回、活字になっているのは約3,800回分 )となり、30冊を越える著作をも残しています。

代表的なシュタイナー書籍には、1883~1897年頃に書かれた「自由の哲学 ( Die Philosophie der Freiheit ) 」 や1904年~1907年に「神智学(Theosophie)」、1904年に「いかにして高次世界の認識を獲得するか」、 1904~1905年に「アーカーシャ年代記(Aus der Akasha-Chronik)」があります。

その後1907年には初の教育関係の論文「精神科学から見た子供の教育(Die Erziehung des Kindes vom Gesichtspunkte der Geisteswissenschaft)」を雑誌ルツィファー・グノーシス誌(Luzifer-Gnosis)に発表し、 1910年には精神科学の結晶として主著の「神秘学概論 (Die Geheimwissenschaft im Umriss)」 を執筆しています。

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/ゲーテアヌムポスター


又、彼の思考論理は、自然科学の世界や物質的な思考では認識できない”人間の本質”に迫ろうとする概論です。

それは、霊的魂的観点からの宇宙進化/人間進化、そして、”死”を どう捉えるか、 或いは”死後の世界”などの 一つの考え方を提示し、 物質とエネルギーに特化しているこの世の中で、” 自己の存在を確認し、自己が見聞きする世界 ” が、揺るぎのない ”真実 ”であるという根拠は?

・・・  という疑問を呈し、 霊的魂的洞察から導いた一つの理念/思考(精神科学)を、人々に広く伝えようとしました。

彼は、自らの思考方法は 精神世界(霊的世界)をただ崇めるだけの宗教や霊媒的なプロセスを介しての心霊主義者のヴィジョンとは異なり、精神世界のありのままを認識するという意味で、科学(Wissenschaft)なのだと述べています。

又、彼の思考/思想は、独自(独特)の哲学、生命の霊的進化や死後、宇宙の進化論に留まらずに、教育・医学・農業・芸術/建築・舞踏/Eurythmie(オイリュトミー) など幅広い分野に至っていますが、 種々の誤解や批判的な意見/解釈があるのも事実です。

シュタイナーは、その思考/理念をAnthroposophie (人智学) と名づけ、”宗教”ではなく”科学”であると述べています。

そして、現代では互いに離反してしまった 「科学」と「宗教」と「芸術」の再統合を目指そうとしています。

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/イラストシュタイナー


そのルドルフ・シュタイナーは、1861年2月27日 に当時のオーストリアの国境近くの町クラリエヴェク(当時のオーストリア帝国 から ユーゴスラヴィア > 現在はクロアチア、ボスニアなどの国に分裂)にて、オーストリア帝国南部鉄道の公務員(薄給の鉄道職員)であるヨーゼフ・シュタイナー(敬虔なカソリック教徒の両親)の元に第一子として誕生し、 1925年3月30日に亡くなっています。

・・・ 享年 64才 でした。

彼は、シュタイナー教育やゲーテアヌムなどの建築、医学、農業、色彩学、オイリュトミー、そして、精神科学(霊学)/人智学という独自の学問を構築したことで有名です。

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/ドルナッハ

”時代背景”

中世のドイツでは社会主義労働者党が結成されているが、直ぐに帝国主義が蔓延り、社会主義者鎮圧法が制定されています。

その後、1929年のニューヨークでの株の大暴落による世界恐慌から、かの悪名高い・アーリア民族主義者のヒトラーが、1933年に政権を取り、1939年にはポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が始まっている。

フランスではナポレオン3世 【ナポレオン一世=ナポレオン・ボナ・パルト:(1769年 – 1821年)】 が皇帝になり、 米国では南北戦争~リンカーンの奴隷解放・リンカーン暗殺、そして、ロシア革命が起こっています。この時代の欧米の思想的背景は、ロマン主義、実存主義、1859年にチャールズ ダーウィンの「種の起源」が発表され、自然科学の基礎的な確立期を迎えます。

その後、民族主義的思想が台頭してきます。

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/ドルナッハ
Dornach / Switzerland

このような時代背景やGeorg Wilhelm Friedrich Hegel(ヘーゲル)/1770年~1831年やJohann Wolfgang von Goethe (ゲーテ)/1749年~1832年などの大思想家の没後・すぐ後に生まれてきたのがルドルフ・シュタイナーという 物質至上主義に疑問を投げかけた思想家です。

彼は、ウィーンの工科大学で カール・ユリウス・シュレーアー(ゲーテ研究者)との出会いにより、前述の書籍「ゲーテ的世界観の認識論」を執筆し、その後40歳の頃を境に、主著である「神智学」「アカシャ年代記」「神秘学概論」などを発表し、講演活動にも力を入れ、人智学 ・ アントロポゾフィー(Anthroposophie) / 精神科学=霊科学(Geisteswissenschaft)の礎を築き上げます。

Anthroposophie とは、オーストリアのヘルバルト学派ローベルト・ツィンマーマン(Robert Zimmermann 1824~1898年)が、著作「Anthroposophie (1882年)」で使用した、 ギリシャ語の anthropos (人間) と sophia (智恵) の合成造語で、神智学(Theosophie)とは、ギリシャ語のtheos(神)とsophia(智恵)の合成語です。

そしてオイリュトミー(Eurhythmie)は、ギリシャ語のeus (善い、美しい) と rhythmus ( リズム)の合成語で、 アカシャとは、インド・サンスクリット語の”A-ka-sa,Akasha”のことで、空・宙などを意味し、”宇宙の根本的な霊存在”の意味にも使われます。

又、シュタイナーの代表的な書籍の一つのアカシックリコード(アカシャ年代記)とは、宇宙の源(全体)の記録・生命根源の記録或いは神秘学的には霊・魂根源の記録と言うことになります。

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/シュタイナーと仲間達
– Goetheanum –
Ruttiweg 45 CH-4143 Dornach1/Switzerland

次にシュタイナーの思想/人智学(精神科学)について、簡単に要点だけを説明しておきます。

”自然科学” <・> ”精神科学”

デカルトの方法論〈自然科学〉は、文明を驚く勢いで進化させ、物質的な豊かさを人々に与えてきた。

この点については誰もが認めるだろうが、 時代はその進化の過程で振り落としてきたモノに着目し始めています。 

”自然科学”は、人間の外面/表象を取り巻く、物質やエネルギーを対象にして、「生物」や「生活」等に視点を当てている学問で、 振り落としてきたモノを主軸にした ルドルフ・ シュタイナーが言うところの”※精神科学”は、人間の内面/根源的形成に迫り、「生命」や「人生」 等に視点を当てている”学問”です。

シュタイナーの論理は、唯物論に対しての唯心論或いは仏教的な唯識論に近い論理展開をしています。

近い論理ですが、・・・ シュタイナー論理の根源に置くものは、”心的なものや空・ 阿頼耶識” ではない”魂・霊的存在”ですので、異なっているんです。

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/ゲーテアヌムのステンドグラス


又、この ”魂・霊的存在” というものが、俗に言われているアニミズムやシャーマニズム的にとられて誤解や間違った解釈をされがちなのも事実ですが、ルドルフ・シュタイナーの主張する精神科学=霊科学(Geisteswissenschaft) は、たんなる感覚や感性による経験科学ではなく、シュタイナーの言う ”Geist” は、人間の肉体に宿った「精神」や、 時代や民族が共有する「精神」ばかりでなく、真理としての「精神」に近づくために「霊・魂」にも思考や体験が及び、 その踏み込みにより、人間の内部に存在している健全な”予感”を導き出し、現代人の迷信や勘違いしている霊的・魂的思考を、正しく拡張し働く”魂の活動(思考)”に戻して、 精神・生命・肉体に潜む超感覚的認識力を、現代人の智恵により変化対応(時代に即した)させ、新たな(正しい)認識へと導く手法(修練)の ”科学/学問 ” ではないかと、私は考えています。 

物理主義でも宗教的思考でもない彼独特の思想に基づく学問なのですが、シュタイナー教育などでは賛否両論あるのも事実です。

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より良き人間社会を創るために!
《 その1 》

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/仲間達
Albert Steffen / Rudolf Steiner / Ernst Uebhi

シュタイナーは、人間には心身を惑わす力が働いていて、この人間の醸しだす力を読み取り・乗り越えなくてはならないと述べています。

その人間を惑わす力とは、・・・ 二つの力を想定しています。

一ッの力は、人の心から潤いをなくし、血の通わない冷淡な考え方や、生命が感じられない生活環境を作り出すものとし、 もう一ッの力は、人を陶酔させ、血を沸き立たせるものとなると考えました。

シュタイナーは、一方の力を、心の暖かみを奪い、気持のふくらみを押しつぶしていく、機械的な働きや考え方の背後にある力をアーリマン(Ahriman: ゾロアスター教の悪神 ・サタン)と名づけました。

更に、人は夢中になるあまり我を忘れて、ふだんなら見えていることが目に入らなくなることがある。

このような陶酔や熱中の背後にもシュタイナーには、もう一ッの力が見え、それをルツィフェル/ルツィファー( Luzi-fer :堕天使 ・デーモン )と名づけました。

アーリマンは、人間を味気なく、散文的かつ通俗的な者にし、血肉を失わしめ、唯物主義の迷信に導く力のことだと考え、 これに対しルツィフェル/ルツィファーは、人間の内にあらゆる熱狂的な興奮や誤った神秘主義的傾向を呼び起こし、 人間を舞い上らせようとしたり、人間の血を生理学的に沸き立たせ、無我夢中にさせようとしたりするものすべてに働いている力のことだと考えました。

ルツィフェル/ルツィファーが、人間の感情に働きかける力であるとすると、アーリマンは、人間の思考に働きかけて、そこから生命を奪いとり、物質的な効率や分類だけにたずさわるようにさせる力のことのようです。

現状社会を眺めると理解できます。

シュタイナーが言うには、このような人間の心身を惑わす力で社会は動いているという訳です。

さてどうするかですが、それが各自のこの学びの結論になります。



より良き人間社会を創るために!
《 その2 》

【 シュタイナーの教育概論 】

1919年4月にヴァルドルフ・アストリア(Waldorf-Astoria)タバコ工場の労働者に向けて行った講演の中で、学校の構想に触れ、聴衆の支持を得て実現化へと動き出します。

同年8月21日~9月6日、最初のシュタイナー学校(Waldorf・schule)の教師となるべき人達(12人)を前に連続講演をて行い、講演が終った翌日の9月7日に、タバコ会社を経営するエミール・モルト(Emil Molt)の援助を受け、最初のシュタイナー学校が開校されます。

これがシュタイナー学校の始まりになります。

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/エミール・モルト
エミール・モルト
Emil Molt
1876 – 1936

12人の教師となるべき人たちに行った連続講演では、シュタイナー教育の基本知識である・・・
1 ) 教育の基礎としての一般人間学
(Al1gemeine Menschenkunde a1s Grundlage der Paedagogik)
2 ) 教育芸術-方法論と教授法
(Erziehungskunst,Methodisch-Didaktisches)
3 ) 教育芸術-演習とカリキュラム
(Erziehungskunst,Seminarbesprechungen und Lehrplanvortraege)
の三つを中心とし、 オイリュトミーについても、語られています。

シュタイナーは、これらの講演を、午前中は人間理解のための「一般人間学」、午後は教育の実際面を説いた「教育芸術-方法論と教授法」、夜は参加者の発表も交えた「教育芸術-演習とカリキュラム」として一日のうちに行い、日曜日だけ休んで、二週間ぶっ通しで続けるという超人的なスケジュールで行ったようです。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇  ◇

又、シュタイナーは、子供の成長を下記の三期に分け、そして気質を四つに分け、その状況に応じた教育をすることを提唱しています。

第一期 / 牙交替開始までの7年期 ( 就学前のおよそ6、7歳 )
第二期 / 歯牙交替開始から第2次性徴が現われる7年期 ( 約7歳~14歳 )
第三期 / 思春期の始まりから自我が確立する7年期 ( 約14歳~21歳 )
さらに、子供の気質を ・・・
胆汁質(das cholerische Temperament)
多血質(das sanguinische Temperament)
粘液質(das phlegmatische Temperament)
憂欝質(das melancholische Temperament) の4つに分け、
そこに重点をおいた教育法を主柱の一つにしています。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇  ◇

そのシュタイナー教育は、成長過程にある子供の、精神的、感情的、生命的、肉体的な発達を超感覚的に観察しながら、精神科学的洞察を背景にしての「教育法の実践」のようです。

しかし、『 教師は気質による区分を,類型化と取り違えてはならない。 一人一人の子供の個性と,細かな違いを見抜く直観力が必要なのは言うまでもないだろう。

また年代別に言うなら,一般に子供はいつも上機嫌で多血質的,青年は情動が激しく胆汁質的,大人は思い悩んで憂欝質的,老人は外界への反応が乏しく粘液質的であるとも言える。』 と、シュタイナーは、述べています。



(註) 私見になりますが、シュタイナー教育・シュタイナー学校には、賛否両論の意見があります。
どんなものにも、利点も欠点もあると思いますので、お子さんをシュタイナー教育・学校に委ねる場合には、ご自身で納得のゆくまで調べることをお勧めいたします。

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/ドルナッハ
– Goetheanum –

ルドルフ・シュタイナーの人生・思考のアウトラインや生きていた時代背景、 及び教育理論の概略を簡単に説明してみましたが参考になりましたら幸いです。



《 余談 》

生きる!(生命を保つ)、
その為に捨てきれない”欲(煩悩)”
人間の欲(煩悩)・・・
アーリマン ・ ルツィフェル/ルツィファー との”せめぎ合い”!

《 私見 》
このような社会もあります!

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/インド・サドゥ

インドのガンガ上流では、世間から離れ、修行に明け暮れひっそりと生きている”サドゥ”がいる。

彼らの生き方にも、功罪はあるとは思うが、あらゆる欲(煩悩)を断つ努力をしている彼等に会うと、心が洗われると共に感動を覚える。

そして、彼らを尊敬し、受け入れる社会的(宗教的)なシステムが存在することにも感動してしまう。

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/インド・サドゥ

ガンガー(ガンジス河)上流の河川敷にいる彼らは、外見上の生活だけで見ると、日本でいう多摩川の河川敷にブルーシートを張って生活している方達と、何ら変わらないのです!

しかし、彼らは、宗教的なシステム(ヒンドゥーの四住期)に従い、「林住期や遊行期」に入ると、今までに築き上げた地位や財を捨て、精神的生活に入った人達だと聞きました。
 
そして、”死”を待ちながら、人生を省み、次の”生”のための精神の浄化をしながら煩悩と戦い・行/修行等を行って日々を過ごす。

ある意味では、アーリマン ・ ルツィフェル/ルツィファー との”せめぎ合い”を行っている訳です。

日本でいうところの”千日回峰行”に近い荒行を行っている修行僧もいると聞く!  そのような彼らを、一般の人(庶民)は、自分の代わりに煩悩と戦い・行/修行等を行ってくれていると考え、尊敬し・浄食(私の造語)/浄財をするようです。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇  ◇

余談が多くなりましたが、シュタイナー思想の触りの部分だけを説明すると、このようなことです。

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/シュタイナーと仲間達


人生での幸せとは?

誰もが、
幸せを求めていたはずなのに!

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/シュタイナー
Steiner

□  Rudolf Steiner

《 ”幸・不幸”について  》

人生を真剣に深く考察するたびに、さまざまな謎がどうしても湧き出てくる。

一方では貧困と悲惨の境遇に生まれ、わずかな才能しか授けられていない為に、誕生の際に与えられたこれらの事実によって、惨めな生活を運命づけられているように思われる人がいる。

他方では生まれた時から申し分ない環境の下で大切に育てられ、抜きん出た才能を発揮し、実り豊かな満足の行く生活を送る素質のある人がいる。 このような問題に対して二つの対立する考え方が見られる。

一つは、感覚が知覚できることがらと、感覚に基づく悟性が理解できることがらとが頭にこびりついていて、そこから離れようとしない考え方です。

もう一つの考え方は、現れている世界において、ある特定の場所やある特定の環境で何かが生じれば、原因があってこそ、それが生じると言うであろう。

多くの問題に、人間がその原因をまだ探求できていないとしても、原因は存在するのである。

・・ 途中・略 ・・

内面にかなり苦しい感情を呼び起こすようなことが、ある人の身に起きたとする。

その人はそれに対して二通りの態度を取る事が出来る。

その出来事を苦しい思いをするものとして体験し、苦しい感覚に没頭し、それどころか、ことによると苦しみの中に沈んでしまう可能性もある。

しかし、別の態度を取る事も出来る。 実際、私自身が前の人生で私の内部に私をこの出来事に遭わせる力を形成したのだ、私が自ら、私にこのような苦しみを与えたのだ、と言うことが出来る態度である。

そして、このような人は、更にそうした考えをもたらすあらゆる感情を、自分の内部に呼び起こす事が出来る。

当然の事であるが、感覚や感情の活動がその様な状態になるためには、そうした考えをこの上なく真剣に、ありとあらゆる力で体験する必要がある。

・・・・・・・・・ その事によって、そうでなければ偶然としか認められないようなできごとの必然的な本質が明らかになる。

□  Rudolf Steiner

《 快楽・苦悩、欲望 について 》

”物質体”と”快楽・苦悩、欲望・情熱の担い手であるアストラル体”とを比較してみよう。
その場合、快楽と苦悩に対して、アストラル体の内部では何という不確かさが支配しているのだろうか。
高次の人間の目標に背いて、なんとしばしば意味のない欲望や情熱が、そこではうごめいていることか。

アストラル体は、物質体の中に既に見いだされる調和と内的完全性を獲得するところに、ようやくさしかかったばかりなのである。
同様に、エーテル体は、そのあり方においてはアストラル体よりも完成度は高いが、物質体よりも不完全であることを示すことができるのである。

同じような考察から、人間の本質の本来の確信である”自我”は、現在ようやく進化の始まりの状態にあることが明らかになるであろう。
というのは、この自我は、人間の本質の他の構成部分を変化させ、それらの構成部分を自我自らの本性の現われであるようにするという課題を、すでにどれほど達成しているであろうか、—- 殆ど達成していないのである。

このような仕方で、すでに外的な観察にとって明らかになるであろう事柄を、精神科学に通じたものは、さらに他の事を通して鋭く洞察する。
例えば、物質体が病気にかかる場合を例に挙げることができるであろう。
その場合、精神科学は、病気の大部分がアストラル体における倒錯や錯誤がエーテル体に伝わり、エーテル体を通して物質体の調和そのものを破壊することを因るものであるという事情を明らかにしている。

ここでは、示唆するだけであるが、多くの病気の諸経過の深い関連、真の原因は物質的/感覚的事実にのみ限定する科学的考察では及ばないところにある。
その関連は、たいていの場合、アストラル体の損傷はその損傷が起きた人生においてではなく、次の人生において初めて、物質体の病的な現象をもたらすというようなあり方で明らかになる。

したがって、ここで問題になっている法則は、人間の生の繰り返しを認めることの出来る人にとってしか意味を持たないのである。
しかし、そのような深い認識についても何も知ろうとしなくとも、人間が物質体の調和を損なう享楽や欲望に余りにも多く没頭することは、通常の人生の考察からだけでも明らかであろう。

享楽・欲望・情熱などは、物質体の中にではなく、アストラル体の中で作用する。
しかし、アストラル体は、多くの点でまだ完成されていないで、物質体の完全性を破壊することがあるのです。

□  Rudolf Steiner

動物はきわめて規則的に、外的世界の影響を体験し、その影響の下に、暖かさと寒さ、苦痛と快楽を意識し、身体の一定の規則的な経過の下に、飢えと渇きを意識する。 人間の生活は、そのような体験では、言い尽くされない。

人間は、それら全てを越える欲望や願望を発展させる事が出来る。 動物の場合、十分に研究できるならば、身体の外か内のどこかに、行動や感覚への誘因があるのをいつでも証明することができるであろう。

人間の場合は、決してそう言う訳にはいかない。発生の誘因が身体の内にも外にも十分に存在しない願望や欲望が生じる事がある。

この領域に属する全ての事柄に、特別の源泉を認めなくてはならない。この源泉は、超感覚的科学の意味で、人間の「自我(私)」の中に見られる。

□  Rudolf Steiner

人生は、「自我」の内部に物質的な器官そのものの本質に由来するものではないが、物質的な器官によって充足する事のない享楽を求める欲求を燃え上がらせた。

Rudolf Steiner

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他の動物と異なる願望や欲望が、人間の幸・不幸の源泉と言うことです。
他の動物のように、素直で単純に欲望や願望を受け止められれば、人間の幸・不幸も単純で絡み・纏わりつくことのないもので済んだのかもしれません。

しかし、その分 他の動物とは異なるもの・絡み、纏わりつくような喜びや感激 を、”神”は与えてくれたのでしょう。

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/インド・サドゥ

何も知らんくせに、
偉そうなことを言うな!

Rudolf Steiner ・・・
Geisteswissenschaft / Anthroposophie
を学び方や”幸せとは”という点に絞り、簡単に記載してきましたが、ルドルフ・シュタイナーの書籍や講演録は膨大なもので全てを解読することは困難だと思っていますので、私の解釈の間違いもあるとは思います。

異論のある方は、上記のサドゥ ( 何も知らんくせに偉そうなことを言うな! )が怒ってくれていますので、それに免じ、 ・・・ 笑い飛ばしてください。


Epilogue ・・・

今回のテーマ!
人生での幸せとは?


長いようで短い人生!
その人生! それぞれが夢の中にいるのかもしれない。
皆・夢を見ているのかもしれない。
人も人生も、実体なんかないのかもしれない。
人も人生も、蜃気楼みたいなものなのかもしれない。

ほんの一瞬の夢を見ている! そして、後は灰になる!
ほんの一瞬なのに我慢できない、夢の中なのに我慢できない。
妬みや恨み、諸々の欲望が沸き上がる。

”幸せ”になりたいと思う!
その”幸せ”には、金銭・名誉・地位などが纏わりつく!
時には、”人(あの人)より”、
という言葉も付く!
人間の”幸せ”って何だろうか?

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/インド・私
道石

◆  人それぞれの幸・不幸

私は、時々辛くて身体さえ動かなくなります。
心が沈み深海の中に入って行ってしまうような気がいたします。
所謂、心の病です!
大小・重い軽いの差はあるようです。

この病のセールスマンは、老年期(林住期)の入り口で待ち受けていて、多くの方が勧誘されてしまいます。
入会すると満期になっても脱会させてはくれません。
時々、このセールスマンが現れ、次のステージのパンフレットを見せ会費を取っていきます。

そんな時には、この悪徳セールスマンから逃げるように”旅”に出ます。
旅先はインドが多く、彼の地のカオスやいい加減さ、何でもかんでもが ” No problem ” そして、何とかなるさ~ という思考の人々が、病んでいる心を癒してくれます。

そして、助けてくれるのが見知らぬ街での”人との出会い”や”学び”です。
旅先(インド)で読んだゲーテの回顧記です。
シュタイナーが敬愛したゲーテでさえ、75歳の時の回顧記に

私の人生は苦痛と重荷に過ぎなかった。75年の全生涯において、真に幸福であったのは四週間とはなかった。 ”

と述べている。

・・・ 人それぞれの幸・不幸
私は、五週間くらいはあったような気がするので、ま~良しとしています。



” 古今東西・同然 ”

Friedrich Wilhelm Nietzsche≫
人間は苦悩を欲し、
苦悩を捜し求めてさえいる。



Alfred Adler≫
人生が困難なのではない
貴方が人生を困難にしているのだ。
人生は、きわめてシンプルなのです


ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/インド・ブッダガヤ
インド/ブッダガヤ
教を読む”チベット僧”

この”幸せとは何ぞや?”との考えから端を発したテーマ を、”訳が分からない・・・”  という分野の話で答えを出そうとしたのですが、 答えは出ません。

・・・ 当然ですね!

訳の分からんものの答えなど出るわけがありません。

又、この種のもの(学び)は、他者が答えを提示するものではなく、各自が今お持ちの答えを変えるものでもありません。

・・・ 考えてみる!
ただ、それだけのためのリポートです。

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/紅葉
近くの森の紅葉


最後に、シュタイナー思想の学びですが ・・・・

過去に、多くのシュタイナー書籍や講演録を本が破れるほどに読み、インド彷徨にも持っていきましたが、もう何が書いてあったかを忘れてしまいました。

・・・ しかし、それで良いのだと思っています。

Ralph Waldo Emerson
今までに何を食べたかと同様に、どんな本を読んできたか、もう覚えていない。
けれども、そのどちらをもが今の私を作ったのです。


ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/夜空
八ヶ岳/編笠山の星空


ほんの一瞬でも”幸せ”と思えたり、
”微笑んで”いただけたらと思い!
”微笑ましい”写真で、
終わりたいと思います

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/愛犬

色は違っても仲良しです!
ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/愛犬
ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/愛鳥
ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/アルパカ

END

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/インド・バラナシ
India / Varanasi : Ganga


特集シリーズには、【視点】のほかに【瞑想】シリーズがあります。
視点シリーズには” Part 1 ” と ” Part 2、Part 3 、 Part 4 ” があり、
瞑想シリーズにはシュタイナーの瞑想法がありますので、興味のある方はクリックしてみて下さい。

《 視点 Part 1 》

人智学概論/人生や幸せの探求《前編》
視点を変えて”モノゴト”を思考・考察してみる

《 視点 Part 3 》

ルドルフ シュタイナーの名言・叙述集

《 視点 Part 4 》

シュタイナー建築 ☆ シュタイナー思想の黒板画



シュタイナーの瞑想法

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/シュタイナー


”Rudolf Steiner’s Meditation・シュタイナーの瞑想法”も要点だけを簡略化して記述していますので興味のある方は下記をクリックしてみて下さい。

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Rudolf Steiner’s Meditation