先達の名言 NO1

八ヶ岳の星空


” シリーズ:八ヶ岳思考 ”
哲学の旅:先達の名言

■ ■ ■ ■ ■


インド/コルカタ
マザーハウスにて


人生の歩き方

道に迷ったとき
歩き疲れたとき
暗くなり、・・・
周りが見えなくなったとき
今宵の宿がないとき

そんな時に、
ガイドブック(社会通念)を参考にしましたが、
ハズレてばかりの旅でした。

ですので、
我が道を歩むことにしました。



先達の言葉から
幸福と不幸を考えてみる

Prologue

インド・コルカタ
マザーハウスにて


人生での幸・不幸

私見/幸・不幸
不幸とは、幸福の状態から落ちた時に感じる感情ではないか
突き詰めれば、幸福を味わなければ不幸は訪れないのではないか

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■ ゲーテの言葉
幸福というものが、同時に 不幸の源になっている。

☆ ☆ ☆

幸・不幸にも視点の違いがある

■ 曽野綾子氏の言葉
おもしろいことに、男は大ていの場合「結婚とはこんなものだろう」と思い、
女は、「結婚とはこんな筈じゃなかった」と考える



☆ 目次 1 ☆

Johann Wolfgang von Goethe
Rene Descartes
Georg Wilhelm Friedrich Heger
Baruch De Spinoza
Arthur Schopenhauer
Sigismunt Schlomo Freud
Carl Gustav Jung
Isaac Newton

—————————

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☆ 目次 2 ☆

Friedrich Wilhelm Nietzsche
Ralph Waldo Emerson
Aurelius Augustinus
Thaddeus Golas
Carl Sagan
Platon/Plato
Georges Bernanos



※ 時や場所に関わらず、偉人であろうが・なかろうが、皆が同じように悩んで人生を送っていたのが分かります。

・・・ 皆同じ ”人間”なんだ!
と、いうことが分かる特集です



Johann Wolfgang von Goethe
1749年 ~ 1832年

ゲーテは余りにも有名で、多くの思想家・哲学者・芸術家などに影響を与え、多くの名言を残していますが、ここでは一人の「人間(男)・ゲーテ」としての一面を、少しだけ覗いてみます。

恋多きゲーテは、14歳の時(年上女性グレートヒェンに恋する)から始まり、学生期には、通っていたレストランの娘/アンナ・カトリーナ・シェーンコプフや牧師の娘/フリーデリケ・ブリオンなどと恋し、 最後には、77歳の時に60歳も年下のウルリーケ・フォン・レヴェツォーという17歳の少女へのプロポーズ、そして失恋へと繋がる。

又、23歳の時には、15歳の少女シャルロッテ・ブッフと熱烈な恋に落ち、失恋の失意から自殺まで考えている。

そのたびに、『ファウスト』、『アネッテ』、『野ばら』や『五月の歌』、『若きヴェルテルの悩み』等の大作を残しているが、全く、しょうがない程純粋で、自分の欲求に素直に行動ができて、羨ましい限りですが、理性的な行動には思えません。

このようなことからしても、彼の哲学・名言は、彼自身の自己批判・反省 及び 失恋などによる厭世感として読むと、私には納得(理解)できるんです。

しかし、”作品と人格は別物”といわれますが、ゲーテでなかったら、ただのスケベ親父でしかないと思いますが、偉人は、なんでも凄いという括りになるんでしょうね?

・・・・・ 何歳になっても恋をするということは、素晴らしいことです。

日本でも荒畑寒村氏等など多くの方が高齢になっても若い女性にゲーテ的な恋をしています。 
私には出来ないので「負け惜しみ」的な感想になりましたが、まあ~、羨ましいし、凄い事には変わりがありません!

あくまでも、私が捉えた”人間(男)”ゲーテの一面ですが、凄い事には変わりありませんね!

☆ ☆ ☆

しかし、これだけでは偉大なゲーテに失礼にあたりますので、もう少し書かせて頂きます。

ご存知のようにゲーテは、詩人・作家・政治家・自然科学者で植物学・色彩学・骨学等の研究にも邁進した人です。

又、彼の作品は自己告白的な要素を加味しながらも、その描いた先には小宇宙的な人生絵巻があります。

それはゲーテが、自らの生を詩的に見つめ、そして人類の調和や自然への畏敬の思想を基に、よりよく生きることに努力しながら生き抜いた姿です。 

私は、一人の人間としてここまで戸惑いを持つ生き方をした人を知りません。

☆ ☆ ☆

ゲーテという個性を一言で語るならば、彼の自己告白的表現から彼の独特な生命力での自己形成にいたるその過程、分断しないその過程そのものが、天才ゲーテの”個性”そのものだった。と、言う事でしょうか? 

■ 幸福というものが、同時に 不幸の源になっている。

■ 涙とともにパンを食べたものでなければ人生の味はわからない。

■ 実際の道徳の世界は、大半が悪意と嫉妬からなりたつ。

■ 僕はどうやらこの世における一っの旅人ということにすぎないようだ。 君たちとてそれ以上のものだろうか?

■ 才能は一人で培われ、性格は世の荒波にもまれて作られる。

■ 哲学というものは、常識を分かりにくい言葉で表現したものにほかならない。

■ 結局、私の生活は苦悩と重荷に過ぎなかった。 75年の生涯において、真に幸福であったのは4週間とはなかった。 (75歳の時に書いたもの)

■ しょせん、人間なんていうものは、虜になっている牢の四壁に、はなやかな姿態や明るい希望を塗りたくっているにすぎないのだから。 ・・・ 「若きヴェルテルの悩み」からの抜粋

■ 自然は多くの生命を得るために死を発明した。

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Rene Descartes
1596年 ~ 1650年

デカルトは、ヨーロッパ中を旅することにより”学び”を深めていった。 

軍隊に入りヨーロッパ中を移動し、除隊後パリに移住し、その後オランダで20年近く暮らし、スゥーデン女王の招きでスゥーデンに移りその地で肺炎になり、1650年の冬に亡くなっています。

その頃のヨーロッパの哲学者達は、心と身体を分離し、全ての物質的なものは機械的論理で説明されていきました。 その流れの中心にいたのが「デカルト」です。

彼の著書「方法序説」のなかで 『 哲学者はどのような哲学的方法で、この哲学の問題を解くべきか、 』 と 問いかけている。 その彼は、この問いかけの”問題(哲学上の真理)”を、数学の定理のように示そうとした。その計算の道具として、「理性」を用いている。

なぜなら、「感覚」に頼っていてはたしかな答えを得ることが出来ないとし、「理性」だけがたしかな認識をもたらすと考えています。

そして、先入観を排除し、真理に至るために一旦全てのものを疑い 「私がこのように“全ては偽である”と考えている間、その私自身はなにものかでなければならない」、これだけは「真」であるという考えに至り、デカルトは精神や生命の問題を除外し、物質やエネルギーに焦点を当てた思想展開をしていきます。

この論理展開をもとにしたデカルト思想が、近代自然科学思想のスタートラインを引いてくれた功績は、誰もが認めるところであります。 

しかし、私には、精神世界や生命の神秘と自然科学を分離させ、無機的・機械的に事象を判断しょうとする論理には疑問が残ります。

良かったのか悪かったのかは別にして、デカルト以降の社会は、物質世界(現代文明)を推進し、精神世界を片隅に追いやってしまいました。

■ 我思う、ゆえに我あり。

■ 自己の精神に明晰かつ判明に認知されるところのものは真である。

■ 良識は、この世で最も公平に配分されているものである。


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Georg Wilhelm Friedrich Heger
1770年 ~ 1831年

近代哲学者の筆頭にあげられる哲人で、彼の思想は「ヘーゲル哲学」ともよばれる!
ドイツの代表的な哲学者・ドイツ観念論思想家でロマン主義者。

シュットゥガルトで父親が公務員で、母親は教育者の当時の典型的な中流家庭に生まれた。 

また、彼はドイツの神学校で学ぶが、牧師の道には進まずに、 ロマン主義の中心地・ハイデルベルグの大学で教授になり、その後、ベルリン大学に移り住み、そこで1831年の冬(11月)にコレラで亡くなっています。

その頃のドイツは、ヘーゲル哲学の信奉者で溢れていました。

・・・ 凄い”哲学者”なんです! 

☆ ☆ ☆

因みに、( 横道にそれますが! )  私は、ハイデルベルグは大好きな街 です。/ ドイツは好きになれないのですが、この街は好きです。

☆ ☆ ☆

彼は、弁証法的にものごとを考え、答えを導き出そうとしています。 
例えば、存在!・・・

「ある」という概念について考えると、どうしてもこれと対立する「ない」という概念が脳裏に浮かぶ。 存在と非存在の緊張関係は、生成「なること」という概念に”止揚”される。 ”止揚”されるということは発展的に”解消”されることに等しい。

「なること」、つまり何かが生成過程にあるということは「なにかがあるけれど、同時に、ない」というこにほかならない。 ・・・・ ということなのです。

☆ ☆ ☆

へーゲルが重要視したのは、非個人的なもので、そのことをへーゲルは、「客観的な力」と名づけている。

その頃の哲学者は認識の基礎的なこと(真理)を探究していたが、へーゲルは、認識は川の流れのように変化すると考える故に、恒久的な真理や理性は存在しないと考えました。 

言い方を変えると、真理や理性は、時(時代)と場所によって変わると考えたようです。
 
それこそ、彼を取り巻く時代(川)の流れ(思考)に逆らって、一つの哲学論理を定着させた人です。
上記の ”Descartes” の言葉と比較してください。・・・・・ 川の”流れの違い”が明確です。 

■ 真理は基本的には主観的なものだ。

■ 理性はダイナミックなものだが、ひとつのプロセスにすぎない。

■ 理性的なものだけが生きのびる

■ 男性と女性の違いは、動物と植物の違いのようなものだ。

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Baruch De Spinoza
1632年 ~ 1677年

オランダ/アムステルダム生まれのユダヤ人の哲学者で汎神論者。

スピノザは、無神論者のように言われ迫害を受け、家族からも異端者あつかいされるが、神学者でもある彼は、言論思想の自由と信仰の寛容さを説いた人です。

ハイデルベルグ大学から招聘されるが思索の自由を重んじこれを辞退し、レンズ磨きなどで生計をたて、それこそ自己の思想に”磨き”を掛けています。

彼の思想は、デカルトの思想を規範にしデカルトの「我も思う 故に我あり」に対して彼は「我は思惟しつつ存在する」という言葉を残しています。

☆ ☆ ☆

スピノザとデカルトの違いは、
スピノザは、デカルトのように現実を二元論では捉えずに、実態は「神=自然」にあるとする一元論で捉えました。

その彼の著書には、知性改善論、デカルトの哲学原理、神学・政治論、幾何学的方法にもとづく倫理学、エチカなどがあります。 

スピノザ哲学は、素直で易しそうですが、実に奥が深く難しい論理だと思います。 シュタイナー思想と並べて読んでみて下さい。 ・・・・ 訳が分からなくなります

■ 我は思惟しつつ存在する

■ 人間は自然法則のもとに生きている。 / 神=自然、自然=神

■ 自然界のすべては、必然的におこる。

■ 人間精神を構成する観念の対象は、存在する身体である。


Arthur Schopenhauer
1788年 ~ 1860年

西欧近代文明の”死”を遠ざける思想が中心の中で、東洋的な”死”と向き合う考え方で有名なドイツの思想家です。

ショーペンハウアー(ショーペンハウエル)は、日本では余り知られた存在ではないようですが、多くの思想家に多大な影響を与えた哲人なのです。

そのショーペンハウアーは、仏陀思想の影響も受け”生”は紛れもない苦であると考え、人生は決して明るいものではなく、影の部分にこそ”生きる”意味合いがあるという考えで、「厭世哲学・思想」とよばれた。

厭世哲学の考え方は誤解されやすく、悲観的(ペシミズム〈pessimism〉)思想として考えられやすいのですが、本来はオプティミズム(optimism)思想とまでは言えないまでも前向きな考え方で、人間は100%死すべき存在であることは否定できないのだから、そこに軸足を置き、どのような文明を築くかを考えるべきではないかとし、その為には人間の欲望等を真摯に考えて、出来れば放棄するよう努力すべきとする、実に真っ当な思想ではないかと思っています。

又、彼は、夢や超常現象、宗教にも興味を示している。そして、彼の思想は、ゲーテやアインシュタイン・ヘッセ・ワグナー・フロイト、ユング・サルトル・ニーチェなどの思想家・芸術家・音楽家・作家など多くの人々に影響を与え、代表的な著作には「意志と表象としての世界」・「孤独と人生」・「生理的色彩論」や「自殺論」等がある。

■ 人生とは、苦悩と退屈のあいだを、振り子のように揺れ動くものだ。

■ 今までの幸せを数えていれば幸せは寄ってくる。

■ 人生の幸福にとっては、我々のあり方、すなわち人柄こそ、文句なしに第一の要件であり、最も本質的に重要なものである。

■ 孤独を愛さない人間は、自由を愛さない人間にほかならない。
なぜなら、孤独でいるときにのみ人間は自由なのだから。

■ あきらめを十分に用意することが、人生の旅支度をする際に何よりも重要だ。

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Sigismunt Schlomo Freud
1856年 ~ 1939年

フロイトは、オーストラリア生まれのユダヤ系/ユダヤ教徒の精神科医/唯物論的自然科学者で思想家でもある。

彼と並び言われるのが、カール・グスタフ・ユングで、彼との出会いや、相思相愛からの決別は有名です。

ウイーン大学で医学を学んだフロイトは、神経科を専門に学び、後に 「深層心理学」や「精神分析学」の分野を作っています。

フロイトは、人間と環境は常に緊張関係にあると考えます。 

それは、人間の本能や欲望に環境がつきつける要求とのバランスに緊張や葛藤が生まれ、それらが人間の心や神経に影響すると考えました。

人間には、理性的ではない非合理な衝動があり、それらの基本的な欲望は形を変えて人間の思考や夢や行動に現れると考えました。

そして、その頃、タブー視されていた”性”に着目し、患者から性や子供時代の葛藤が、さまざまな精神障害の重要な原因の一つになっていることをつきとめています。

また、フロイトは、自我の中の良心として向き合うものとして、”超自我”というものを説明しています。 

”超自我”とは、小さなときから社会や両親から突きつけられる道徳的な命令や断罪が、自我の中に入り込み、その人なりに形成されその人の一部になっているものだそうです。

また、「潜在的夢思考」「顕在的夢思考」から判断し治療する、所謂 ”夢判断”法も有名です。

■ 意識は人間の小さな一部でしかない。その部位の多くは”下意識/無意識”や”前意識”である。

■ 人は、外傷的体験「トラウマ」を抑圧・封印する。

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Carl Gustav Jung
1875年 ~ 1861年

スイスの精神科医・心理学者
ユングは、分析心理学(ユング心理学)で有名!

又、無意識にある概念と感情の複合体を”コンプレックス”との命名や集合無意識/元型論理 それに、前項の”フロイト”でも書きましたが、1907年頃からの”フロイト”との親交から、1914年頃に破局するまでの物語も余りにも有名ですので説明は省きます。

■ 孤独とは、・・・
自分の周りに人がいないために生じるのではなく、自分にとって重要だと思っていることを、他者に伝えられないことや、自分が他者の許容することのできない、何らかの観点をもつことにより生まれるものである。

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Isaac Newton
1642年 ~ 1727年

あまりに有名なので、人物の概略説明はぬきにして、
ほかではお目にかかれない、ニュートンのおもしろい逸話を紹介します。

ニュートンは、自宅の玄関に”蹄鉄”掛けていたそうです。

(註)当時のイギリスでは、そのような行為は”幸運のお呪え”として行われていたそうです。

友達がニュートン宅に尋ねてきて、その蹄鉄飾りを見て、「君はそんなものを信じているのか?」とたずねると、ニュートンは、「 いいや、でも効き目があるそうだよ! 」と、答えたそうです。

・・・・・ 人間的で好きなはなしです!

■ 世界の人たちに、私がどのように見えるか、私は知らない。しかし、私自身にとって、私は浜辺で遊ぶ少年のように思われる。私は、時々なめらかな小石や、ふつうより美しい貝殻を見つけては楽しんでいる。しかし、真理の大洋は、全て未発見のまま私の前に横たわっている。

■ 私は、天空を測った。そして、今は影を測っている。魂は天空に向かい、肉体は地球に眠る。

■ 霊魂は、主として、彗星から来たように私は思う。霊魂は、実際、私達の空気の中に含まれる最も小さな、最も微妙な、役に立つ粒子である。そして、それは、この地上のすべての生命を維持するのに必要なものである。

NEXT


哲学の旅:先達の名言・NO2

インド/バラナシ:ガンガ(ガンジス河)の夜明け


END