シリーズ :旅の途中!

《 視点 No2 – 1 》

” 精神科学/人智学 – no2 – 1 ”

筆者のスケッチ・バレンシア


ルドルフ シュタイナー  Part 2 – 1

《  人智学/Anthroposophie  》
ある意味では答えのない”学び”

※ こちらからお入りの方は、 ・・・

” スピリチュアル と 自然科学 – ルドルフ・シュタイナー Part 1 ” をお読みになってから、こちらに戻って下さることをお願い致します。

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視点 Part 1 /スピリチュアルと自然科学


木漏れ日
八ヶ岳/木漏れ日


どうなっていくのか?
我が地球!

新型コロナウイルスの猛威、異常気象による山火事、洪水 《 50代に毎年のように訪れていたインドのバラナシ/ガンジス河が氾濫して街は水浸しになり、トルコも洪水に山火事で大変なことになっている(下の写真)。》

インド・ガンジス河の氾濫
インド・ガンジス河の氾濫
(2021年8月)
 トルコの洪水
トルコの洪水
(2021年8月)

イギリス・ドイツの洪水、ギリシャやイタリア / 気温49度の中での山火事(下の写真) 、日本でも今夏の熱海での土砂崩れや線状降水帯による豪雨と長雨での土砂崩れ・洪水被害! (下の写真)

イタリアの山火事
イタリアの山火事
(2021年8月)
ギリシアの山火事
ギリシャの山火事
(2021年8月)
日本の大雨
九州:中国地方・線状降水帯による大雨
” 流される家々 ”
(2021年8月)

そこに来て、新型コロナ感染者の驚異的な拡大!
東京で5,000人/日・全国で2万人/日を超え、医療は危機的状況で、重篤な感染者でも救急車で入院先が見つからずに、数十件の病院を盥回しにされている。

医療関係者が”非常事態”だと言っているのに、政府は経済優先のオリンピックを決行し、コロナ感染を一層深刻にしてしまい、政府の見通しの甘さが露呈してしまった。

政府の無策ぶりにはあきれる・嫌になるなどと、文句を言いながらも何とか生きているのが、多くの日本人の現状ではないか。

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自然の驚異!
人々は、・・・ 神頼みしかないが、
何とかならないかと足掻いてはいる。

普通に日常生活を送れないもどかしさや虚しさを感じながらも、出口を見つけようとはしているが、どうにもならない。

・・・ もどかしい!



もどかしいと言いながら、・・・
その出口・光明の学びを模索してみました。
この”学び”は、ある意味では答えのない”学び” でもあります。

答えは、十人十色 !

インド・ガンジス河の夜明け
インド・ガンジス河の夜明け

この地球・社会の不安定感は、宗教的(一神教)には終末論(思想)ということになるのでしょうが、ここでは”学問”として捉えていますので、科学的見地からの出口を探っています。



見出しにある、・・・
学問としての”学び”とは!

私は、どのような”学び”にも、思考が偏る要因があるので、考え方によっては ”学び”は、”諸刃(両刃)の剣”ではないかと思っています。
しかし、人間には、”学び”が必要なので、厄介なんです。

ある意味では答えがない”学び”は、
・・・ 特に厄介なんです!

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私の考えでは、・・・
どのような”学び”も、妄信せずに中庸な心で・俯瞰的/客観的に学びの内容を精査しながら、”自問自答”しながら前へ進むことに尽きます。

そして、・・・
視点を変えた学びで、”なんだかな~”と思えたら、視点を戻せばよいのです。

戻せる!・・・
学問としての”学び”なら戻ることができるのです。
宗教になると少なからず ” マインドコントロール的要素 ” が含有しますが、” 学問の学び ” では、そういうものがあってはならないのです。
だから、おかしいな~と思ったら、躊躇なく戻ればよいのです。
・・・ 戻せるのです!

学問としての”学び”では、戻るという勇気も必要なのです!

sadhu
India/sadhu

人間ですから、小さな間違いはあるが 、以上のことを念頭にして”学び”を捉えれば、某真理教の死刑囚12人(教祖を除く)のような大きな間違いを起こさないのではないか。


シュタイナーの黒板絵
シュタイナーの黒板絵


近代哲学の祖「デカルト」は、この世界の存在がユメマボロシかもしれないと全てを疑った結果、その疑っている自分自身の存在に行き着き、この存在だけは疑い得ないと考え、有名な「我思う、故に我在り」という言葉を残している。

これが、実存思想・自然科学の基礎になっている、デカルトの「明証性」です。

しかし、シュタイナーは、この根源的真実を捉えていない外的(物質的)思考自体が間違いであると指摘している。
何故ならば、デカルトの「明証性」は、外的要因の ”物質やエネルギー” だけを中心にすえ、内的要因を封印しての結論ゆえに、 この世(物質社会)で創られた”我の思考”と”我の存在” でしかないという考え方で、

○ ” 思考している自分自身の存在 ” の根拠はそれで良いのか?

○ デカルトの思考途中での ” 我の思考・我の存在 ” の根拠はそれで良いのか?

○ ” デカルト的思考 ” で根源的真実が理解(認識)できるのか?

等など、シュタイナーはデカルト以降の近代自然科学の落とし穴や疑問について警鐘を鳴らし 且つ、社会状況を愁い!自分が体感し読み取った ”真理 ” を伝えなければならないという使命感が働いたのではないか?

例えるならば、桜やチューリップの花などが美しいのは、通常では眼にしない・見えない土の中の根っこや毛根が、命の源である養分や水分を吸収し、 地上にある花々に送っているから美しく存在できるのです。
通常では眼にしない・見えない部分があるから存在できるのです。

人間も通常では眼にしない・見えない部位に命の源があり、 そこを見ないで人間の進化や人間自身の存在を語るのは無意味である。

■ 何故に、私たち人間は大切な命の源である、その部分を見ようとしないのか?

■ 何故に、その部分からの声を聴こうとしないのか?

■ 何故に、その部分を抜きにして物事を決めてしまうのか? 

未来の希望の為にも、この投げ掛けの言葉が無視されない事を望む! と、述べているのではないでしょうか。



そして、
自然科学万能主義の現在は、一方向に思考や志向が偏り、今・見えるものしか信じられない物理主義・物質至上主義が蔓延っています。
自然科学だけが真実/真理であり、万能/叡智だと思っている社会!
見えないものや科学的でないものは異物・魑魅魍魎として扱われているこの社会!

古今東西・左右どちらを見ても、自分達の群れを守っていく為には、少しでも自分達と異なる動きをするものを弾き出そうとする、 人間の本能的な働きがあるようで、自分達と異なる考えや動きをするものを「別種/異物(ある意味では魑魅魍魎)」として見る。

ヨーロッパの道化師


写真は、スイスだったかベルギーだったか忘れましたが、旅の途中で撮った街の風景の一コマです。
・・・ 少し変わった格好の人!

芝居の修行なのか、何かを訴えているのか 或いは、 正常ではないのか?
いずれにしろ、子供は興味を持ち話しかけますが、大人は、危険・関わらないほうが良いという姿勢で通り過ぎていきます。 ある意味で、「別種/異物・魑魅魍魎」として見ています。


社会状況からしてやむを得ない事なのですが、考えさせられた風景でした。



この風景が意味するものが現在の国や”社会・集団” そして、集団に飲み込まれた個人なのかもしれません。

更に、物質的な欲望が次から次えと湧き出る”我々・人間”、それを後押しする社会。 
そんな社会のあり方に、”ハァ~”と溜め息をもらす多くの方達が、 「何かがおかしい、これで良いのか」 と、気が付き始めたようです。
異なる価値観、ものの考え方、ものの見方・見え方や”個人/アイデンティティ”の見つめなおしから確立!等などを足踏みしながら考え始めました。
・・・ 私には、そう感じるのです!

そこで、シュタイナー思想 ・ 人智学/Anthroposophie の概略を紹介いたします。
霊的な専門用語など敢えてそのまま記載いたしますが、決して 「別種/異物(ある意味では魑魅魍魎)」 の類とは異なりますので、ご理解ください。

(fromnow資料)ウロボロス-宇宙創生と進化の輪廻
ウロボロス- 宇宙創世と進化

《 シュタイナーの思考・思想 》

ルドルフ シュタイナーは、 物質とエネルギーに特化しているこの世の中で、” 自己の存在を確認し、自己が見聞きする世界 ” が、揺るぎのない ”真実 ”であるという根拠は?  という疑問を呈し、 霊的魂的洞察から導いた一つの理念/思考(精神科学)を、人々に広く伝えようとしました。

彼は、自らの思考方法は 精神世界(霊的世界)をただ崇めるだけの宗教や霊媒的なプロセスを介しての心霊主義者のヴィジョンとは異なり、精神世界のありのままを認識するという意味で、科学(Wissenschaft)なのだと述べ、 独特の哲学、生命の霊的進化や死後、宇宙の進化論に留まらずに、教育・医学・農業・芸術/建築・舞踏/Eurythmie(オイリュトミー) など幅広い分野に至っていますが、 種々の誤解や批判的な意見/解釈があるのも事実です。

シュタイナーは、その思考/理念をAnthroposophie (人智学) と名づけ、”宗教”ではなく”科学”であると述べています。
・・・ 要するに ” 学問 ” だと述べています。

そして、現代では互いに離反してしまった 「科学」と「宗教」と「芸術」の再統合を目指そうとした思想家です。



《 人智学/Anthroposophie の”理念” 》

シュタイナーは、精神科学を彼自身の理念に基づき構築し、それを人々に伝えようとしました。

先に述べたように、その理念をシュタイナーは、Anthroposophie(人智学)と名づけ、科学(Wissenschaft)と宗教(Religion)と芸術(Kunst)の統合を目指し、「超感覚的世界」、「霊的・魂的世界」、「死後の世界」などの物理的には見えない世界に立ち入り、叙述しています。

又、シュタイナーは、「現実(真実の世界)」がもともとは一つの全体であり、それを<知覚>と<概念>に分裂させたのが人間自身である以上、「現実(真実の世界)」を説明するために必要な要素は、すべて人間の中に見いだされるはずだと考えます。

しかし、人間の「認識」には限界があるとし、 「現実(真実の世界)」を一つの全体として捉えず、 人間に与えられた「この世界(物質世界)」とは別に、 「もう一つの世界(精神的・霊的世界)」があるとする二元論で説明していますので、近代科学の礎になったルネ・デカルトの論理(唯物思想)とは相反します。

A.A.fromnow 資料 (シュタイナーと仲間達)


《 精神科学/アントロポゾフィー・”学びの基軸” 》

日常生活の中(人生)で霊的・精神的な意識を高めることにより、普遍的な流れ/価値観(霊的・精神的価値観)を認識し、 その下に人間がイマジネーション次元の段階で、表面的な人々の集まりにおいて内面的(普遍的)な魂の集まりに目を向けるようになります。 そして、他者のイマジネーションが意識され、他者の霊的部分への目覚めがインスピレーション次元で起こります。

次のステップで、人々相互が「普遍的な私」を自覚しあい、その認識は、イントゥイションをもとにした一つの基盤/世界に至り、他者のカルマに目を向けながら段階を経て、霊的・精神的世界に行き着くようです。
この様なことが主体的に認識されることによって、一人ひとりの自覚の下に一人ひとりが自己啓発をしつつ、自由に生きる愛の社会を模索するのですが、 それは、一人ひとりの魂の中に目覚めることが重要で、自分自身の意思(他者の意思/強要ではなく)によって段階を昇らなければなりません。  そこで、”修練(メジテーション)”が必要になります。

そして、シュタイナーは、人間は滅びる「肉体」、さまよう「魂」そして不滅の「精神」からなるとし、 たとえ此岸で肉体的障害をもっていようとも、現世の表面的な事象に囚われずに、その人の本質/精神は健全で不滅であることを認識し、 その健全な本質/精神が転生(チャクラ)していくとの考えで、その人の今だけを見るのではなく、その人の”元/前世”を辿り、健全な本質/精神を”来世”に導くために、此岸でなすべきことを育む思想/学問が、アントロポゾフィーのようです。

以上のことでも分かるように、アントロポゾフィーは、日常生活の中(人生)で意識を変革/修練していくきっかけを見出し、普遍的な自己認識にいたる大切さを説いています。
そして、”学び”から得るもの!・変化!とは、霊的・精神的”認識力”の高揚だと考えます。

≪ 凡例 ≫

イマジネーション / 霊的技術・行動
インスピレーション / 霊的思考(想い)
イントゥイション / 霊的直感
メジテーション / 瞑想・霊的修練
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カルマ /
シュタイナーは、少し異なる意味合いで使っているようですが、インド・サンスクリット語で「業≫無垢の行為全般」を表す言葉です。

ペルシャ語でインダス河(シンド)沿いに住むという語源のヒンドゥー(ヒンドゥスタン)からインドとなっています。

そこに住む人々は、ヴェーダー(Vedas)の霊魂の不滅やチャクラ(環)/生まれ変わりを信奉し、人は誕生から死までの人生を作為的に変える事は出来ないとし、 与えられた生命を全うすることによってのみ現世の生命体を超越した次のステップへ移行できると考え、最終的には輪廻のサイクルから解脱して”神”の傍に行くことを願っています。

その現世で変えられない前世からの生の”課題”・何代もの過去世で習得できずに引き継がれた宇宙的サイクル(チャクラ)の”課題”を ” カマラブジャ>カルマ ” と言っています。

繋がりは分かりませんが、インドには「カルナァ」という言葉があります。 人が困り果てた時や嬉しい時に心から発する音で、究極的な感情(心)の表現(音)だそうです。 言葉にはならない、ため息だったりうめき声や悲鳴、歓声がそれに当たるようですが、なにか”カルマ”と繋がっているようにも思えてしまいます。

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因みに、
Anthroposophie とは、オーストリアのヘルバルト学派ローベルト・ツィンマーマン(Robert Zimmermann 1824~1898年)が、著作「Anthroposophie (1882年)」で使用した、 ギリシャ語の anthropos (人間) と sophia (智恵) の合成造語で、神智学(Theosophie)とは、ギリシャ語のtheos(神)とsophia(智恵)の合成語です。

そしてオイリュトミー(Eurhythmie)は、ギリシャ語のeus (善い、美しい) と rhythmus ( リズム)の合成語で、 アカシャとは、インド・サンスクリット語の”A-ka-sa,Akasha”のことで、空・宙などを意味し、”宇宙の根本的な霊存在”の意味にも使われます。

又、シュタイナーの代表的な書籍の一つのアカシックリコード(アカシャ年代記)とは、宇宙の源(全体)の記録・生命根源の記録或いは神秘学的には霊・魂根源の記録と言うことになります。



更に興味のある方は、次のページで ” ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編 ” に移りますので、下記をクリックしてみて下さい。

インド/バラナシ:ガンジス河の夜明け
インド/バラナシ:ガンジス河の夜明け


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《 視点 Part 2 – 2 》
人智学概論/精神的幸せの探求 《後編》
”人生は苦なり(仏陀)”の中、光明を求めて!