ほんの一瞬でも”幸せ”を感じとる

 ルドルフ シュタイナー  
  人智学概論  ( Epilogue )

幸せを求めての学びと人生


銀河鉄道
宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」

幸せを考えると、悩みのないことに通じますが、その悩みの真髄(≒人生)は「 重い荷物を背負って坂道を歩いている」ことに尽きるような気がします。
重い荷物を軽くできるのか、 ・・・・
おろせるのか、・・・・
幸せとは何なのか、・・・・



学び! 色々なモノを見てきた。
人間に付き纏う”魑魅魍魎” 

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インドにて
瞑想中のサドゥ


青い鳥:幸せはどこに

《 目次 》

【 宗教 】某真理教事件を考える
なぜ、あんなことを!
彼らからの教訓!

【 政治 】主義主張を考える
☆ 民主主義と共産主義
ソビエト、東ドイツ、当時の東欧諸国
中近東、アジアでの体験から考える

【 人生 】人間の一生を考える
人生の終焉で自分が自分ではなくなる病

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恣意的感謝の手紙

4 : 【 個人 】幸せを求めての人生
ある方々への個人的な感謝の手紙

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/夜空
神秘:この宇宙の片隅で誕生した悩み多き生命
・・・ この生命体は、悩みがあるから学ぶ!


学び! ・・・
色々なモノを見てきた。

mother teresa
India/Kolkata


人間に付き纏う善と悪(魑魅魍魎)

★ Carl Gustav Jung

【人間の悪】
「疑いもなく、つねに人間の中に棲んでいる悪は、量りしれない巨魁なのだ。」



青い鳥:幸せはどこに

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色々なモノを見てきた!
・・・ その 1

某真理教事件を考える

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/インド・サドゥ
青い鳥:幸せはどこに
合掌するしかない!
一方向の視野での辛い出来事

・・・ なぜ、 あんなことを!

某真理教の地下鉄や松本市でサリンを撒いた死刑囚や無期懲役囚(元応用物理学者や元外科医師)の言葉です。

★ 命の不思議・現代の科学が避けているような精神的問題 或いは、なぜ生きるかなどの疑問を解決してくれる法則があるはずだと思っている。 私は、それらを追求してみたかったのです。

★ この時代のこの場所に、
なぜ自分は存在しているのか。
その意義!
そのようなことを僕は知りたかったのです。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇  ◇

首謀者(教祖)を除く”彼ら”は、至って純粋な気持ちから、自分自身の日常や人生に対する疑問を抱え、病気の人々を助けられない虚しさや自然科学での論理では答えが見つからない苦しさ、不安からの逃避が入信の動機になっていたようです。

そして、気が付かないうちに、人を助けるということの真逆にある殺人まで犯してしまいました。

この事件を映画化した監督の話です。
★ 拘置所で面会した”彼ら”は 、繊細であると同時に、優しさと善意が服を着ているような男たちだった 。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇  ◇

”彼ら”12人! 無期懲役囚の元外科医師を除き死刑は執行され、・・・
もうこの世にはいない。



【参考】

書籍 : 終わらないオウム/鹿砦社
上祐史浩・鈴木邦男・徐 裕行(村井秀夫殺害/服役出所後) 三者会談
解説:田原総一郎からの引用

上祐史浩 氏 談
オウムの時代は、日本はバブルの時代でもあり、お金ではない幸福を求めた人の中に、オウムに入った人もいた。
オウムもバブル経済も、どちらも潰れましたが、オウムに行った人は、お金ではなく、ある意味で究極の善を求めて、解脱と人類救済を説く麻原に強く惹かれた。

お金だけでなく家族まで捨てて没入した。しかし、その教えを妄信している間に、自分たちが神の集団だという慢心に陥り、悪の勢力と戦わねばならないという妄信に陥った。

これは、善を追求して悪との闘いに向かう際に、自分では気づかない慢心・自己中心に陥り、気づいてみると、自分たちこそが悪に転じてしまうプロセスだと思います。・・・ 以下略

なぜ彼は、オームなどに嵌り込んでしまったのか?

上祐史浩氏 談
一人ひとりが自分の中の麻原に帰依し、麻原の狂気を自分向けに解釈しているので、いわば「自分教」なんです。
自分が信じたものが正しいと思えなくてはならないのです。そうでないと自分が壊れてしまうから、非常に苦しむことになる。 ・・・ 以下略


註) 種々の ”学びやその集まり” にも共通しているように思える。

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なぜ、 あんなことを!

さるべき業縁の催せば、
如何なる振舞もすべし。- 親鸞

《 現代風解釈 》
あのようなことは絶対にしないと、
言い切れない - 親鸞

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※ 私も彼らと同じような考え方・動機でスピリチュアルな思考に嵌り、インドを旅し・種々の書籍を紐解いてきました。

私が彼らと違ったのは、偏に ” 素直 ” でなかったことにつきます。

” 素直 ” でなかったこととは、 色々な人々に会い、色々な考え方や生き方を見聞してきて、”ひと・考え・宗教・現象等 ” の全てに対して ” one of them ” 的であり ” モノゴト・思考などを決めつけない ” ように対処できたことです。

インド/ハリドワール
青い鳥:幸せはどこに
やはり、合掌するしかない!


”彼ら”からの教訓!

”学びやその集まり” とは
集うのは、健康・憂い・憤り・不条理・ 向上心/優越心等などが主たる理由で、所謂・思想/政治/宗教/趣味や同好の会などがあり、社会との繋がりやより良く生きていくために、人には必要不可欠な”モノ”だと思っています。
しかし、
どのような ”学びや集まり” にも、ある要素が潜んでいることに気を付けなければなりません!

それは、 ”知識の勘違いや間違った拘り/特権意識や優越を求める心” に陥り、思考や行動が一方向に偏りを生じるという要素です。

・・・ 偏るということです

結果、強烈な仲間意識が生まれ、意識的・無意識的に同様の考え方/思考の人達でまとまり、その輪の外側の人達を蔑視・軽視するようになり、独特の世界観を作ってしまいます。

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宗教と科学(学問)の学び

あくまでも原則論ですが、・・・・
宗教には信じるという”縛り”の元に学びがあります。
しかし、科学(学問)の学びには”縛り”があってはならないのです。
科学(学問)ならば、自由に思考できるということではないでしょうか?

私が思うところの学びとは、・・・・
誰もが学びにより その物語の中に入っていける”旅!”であり、間違いがあるならそれを認め修正していく勇気ある”旅!”の物語でなくてはなりません。
そんな”旅” で乗っている”馬”が”競争馬”みたいに一方向だけの視界しか与えられないのでは困ります。
宗教と科学を混同した馬に乗ってはいけないのです。

偏らない。
仏教で言うところの ” 中道 ” !

”彼ら”からの教訓でもあります。

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インド/バラナシ:ガンガ(ガンジス河)の夜明け


青い鳥:幸せはどこに

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思想 > 政治 > 社会

シュタイナー彫刻

色々なモノを見てきた!
・・・ その 2

政治的主義主張を考える
・ 民主主義・共産主義 etc

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若き頃、フインランドでの学びを終え、帰路で体験したことです。

☆ ☆ ☆

フインランドから陸路でソビエトをはじめ共産国の東ドイツ、東欧諸国を経てトルコに出て、中近東 > インド、アジア諸国を経由して台湾から琉球海運で沖縄(米領)に着きました。

その頃、夢の制度・在り方だと思えていたマルクス・ レーニン主義、そして、平等の下にあると思えた共産・社会主義のソビエトでの権力的な監視社会や為政者と庶民の不平等感のことや東ドイツで一昼夜監禁され権力的に詰問されたこと、共産国ポーランドのワルシャワでの警察権力による酷い体験、共産国チェコスロバキアで見た庶民の生活等など、どこの国の人も暗い顔をし・空気は淀んでいた。

・・・ 権力の坩堝・権力者による粛清と監視社会

その後に辿り着いた西側のイスタンブールでの朝日の美しさ

・・・ 自由な空気の素晴らしさ

そこから陸路で訪れたトルコ・イラク・イラン・アフガニスタンからカイバル峠を越えて、パキスタン・インド・東パキスタン(バングラディシュ)で見てきた貧困、ビルマ(ミャンマー)やベトナム戦争などを体験しているうちに自由な空気も埃だらけの空気になっていった。

☆ ☆ ☆

番外体験編/約50年前の中近東

こんなこともあった、
当時のアフガニスタンでは、ハシシュは普通に売店で購入できLSDもかなり出回っていた。
そのアフガニスタンからパキスタンへの麻薬の運び人を依頼されたが、当然断った。当時のパキスタンでは、麻薬の売人または所持は終身刑か死刑だったと思う。
依頼したのは、イスラーム過激派のジハーディスト/スンニ派の過激分子(アルカイダみたいなもの)でした。彼らの資金源の一部が麻薬だったのでしょう。

ゲリラやヒッピーのアジトみたいなところで一緒になったアイリッシュは、運び屋を引き受けお金をもらっていたが、その後どうなったのだろうか?
・・・ 無事に済んだのだろうか。

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又、イラン高原のエルブールズ山脈地帯を移動するおんぼろの乗り合いバスでの出来事です。
そのバスの最後部の席に警官二人と囚人一人が乗っていた。
その他は満員状態で田舎町から田舎町への一昼夜の移動となった。
途中、PM5時頃だったか、イスラムのお祈りの時間となり、砂漠みたいなところで全員バスから降ろされ、地べたにオデコを擦り付けてのお祈りとなった。
警官も囚人も祈っていたが、その間囚人は猛烈な勢いで逃げ出した。
お祈りの時なので、手錠は外されていたようだ。
・・・ 当然、警官は追いかけていく。
乗り合いバスは、一時間近く待つことになった。
遠くで、パン・パンと乾いた音が聞こえた。
その音の後に、・・・
囚人は警官に抱えられて戻ってきた。
・・・ 射殺されていた。
その死体を、乗り合いバスの屋根に縛り付けバスは走る。
映画かアニメみたいな話だが、現実に起こったことです。

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パキスタンでは、偶然にも・当時のドキュメンタリー映画”世界残酷物語”にも映されたものを見た。
宗教祭事なのだが、何人もの青年が上半身裸になり、鎖の先端にいくつものナイフをつけたものを自分の体全体にぶつけ、痛みや苦しみを我慢するという祭りです。

観客は興奮し、血や小さな肉片が飛び交う。
何メートルも離れている私の顔にも血が飛んでくる。
街中が血だらけになり、気絶する青年や亡くなる青年が出る。

日本でも、滝行や焚火の上の火渡り、千日回峰行という宗教的苦行があるが、血が飛び・肉片が飛び周囲が興奮して煽り立てることはない。

私が見ている前でも、青年が気絶しどこかに運ばれていった。

宗教とは、・・・
ジハードと言って自らに爆弾(自爆テロ)をつけ死んでいく。
そして、このような自虐的な祭事がある。
ある宗教では、余り今生の肉体には愛着がないようだ。

全くもって、政治思想にも問題が多いが、
宗教思想もなんだかな~と、思わされた。

色々なモノを見てきた!

☆ ☆ ☆

このようにメチャクチャで、当時の陸路の中近東は貧困・麻薬、ゲリラや窃盗集団の坩堝だった。
ま~、よく生きて日本に到着したもんだと思っているが、日本に到着して2日後には高熱を出し2ヶ月間も入院してしまった。

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右にしても、左にしても、人間のやること・人間の業/サガの醜さを見てくると、現世・人間社会は腐りきり、平等や平和なんてものは夢の中での物語でしかないと思えた。
そして、救いのハズの宗教もなんだかな~ と思え、頼りにならない。

政治と企業の癒着と腐敗、富の偏り・貧富の差、弾圧、
権力者の粛清と監視や欺き、庶民の貧困・麻薬売買、宗教紛争や戦争!
・・・ 生きるということの残酷さを見てきた。

しかし、・・・
腐りきったこの人間社会もいつかは救われるのではないかと思っています。
これからは”物質社会”から”精神社会”に・モノから心の時代に移行していくような気がするので、次に甦るときが楽しみです。

・・・ 次の世に期待したい

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インド/バラナシ:ガンガ(ガンジス河)の夜明け


青い鳥:幸せはどこに

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社会 > 人生

シュタイナー

色々なモノを見てきた!
・・・ その 3

人間の一生を考える

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《 人生は苦なり 》 仏陀

・・・・・・・・・・・・・・

人生の末期に訪れる、自分が自分ではなくなる病
こうなると、今までに学んだことなどなんの役にも立たない。
他者を傷つけ、悩まし、迷惑をかける。



暴力・暴言を吐く認知症の親の介護に疲れ、自死した40代の息子を、私は知っているが、・・・・
親は、息子が死んだのを知らない!
それも、自分が原因で死んだのを ・・・
認知できない!

彼(親)の息子は、” 殺人者 ” にならずに自死する道を選んだ!
不謹慎ではあるが、せめてもの救いであったと思っている。

私は、その息子が自死する一ヶ月前に、当人から親の問題を実に表面的な悩みとして、軽い気持ちで聞いていた。
・・・ その時には、こんなに大ごとになるとは思ってもいなかった。

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※ 悩みには、決まった秤や基準が無く、人それぞれの形や色・重さがあるので厄介です。

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彼(親)も今までに色々なことを学んできたと思う。
こうなると、 今までに学んだことなどなんの役にも立たない!

残酷なことですが、・・・

自分が自分ではなくなるのだから、どうしようもない!

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何故に、人間の一生には残酷なドラマが待ち受けているのだろうか?
一生のうちに幸せを感じる時がどのくらいあるのだろうか?
・・・ 神は、いるのだろうか?

インドにて
コルカタ
マザーハウスにて

インド/コルカタの”マザーハウスには、神の存在を信じ、不幸な人々を助けている人々がいる。

再度、合掌するしかない !

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我が身を考えると、他者に迷惑を掛ける前に何とかならないものかと思う今日この頃ですが、ホットする瞬間、微笑む瞬間、感激する瞬間、なるほどと思う瞬間、辛さ・苦しさを忘れられるひと時を探しながら日々を過ごそうと心掛けています。

何とか迷惑を掛けずに、次の世界へ旅立てるようにと、
・・・ ”神仏”に願いながら!

インド/ガンジス河の夜明け
インド/バラナシ:ガンガ(ガンジス河)の夜明け


今回のテーマ!
人生での幸せとは?

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/インド・私
インドにて


◆  人それぞれの幸・不幸

あの楽観的なゲーテでさえ、75歳の時の回顧記に

私の人生は苦痛と重荷に過ぎなかった。75年の全生涯において、真に幸福であったのは四週間とはなかった。 ”

と述べている。

・・・ 人それぞれの幸・不幸
私は、五週間くらいはあったような気がするので、ま~良しとしています。


★ ★ ★ ★ ★

恣意的感謝の手紙

先達の言葉から

▼ ▼ ▼

Ralph Waldo Emerson

今までに何を食べたかと同様に、どんな本を読んできたか、もう覚えていない。
けれども、そのどちらをもが 今の私を作ったのです。


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このエマーソンの言葉から、・・・

今までに何を食べたかと同様に、 どんな人とお会いしてきたか、もう覚えていない。
けれども、 そのどちらをもが 今の私を作ったのです。



ここからは、全くの 個人的な独り言になります。
個人的な方への ・・・ 思いのたけ(感謝)を綴ってみました。

悔いなく、残り少ない此岸での時間を生き抜くために、個人的な”出逢い”に贈る感謝の言葉です。

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インドにて
生活を共にしたサドゥ

《 徒然記 》

物質主義・拝金主義・非人間的になったコンピューター社会!
人間性を失いかけている社会の中に埋没した我が身、・・・ なんとかせねばと自問自答し、少しづつですが人間性を取り戻したいと思っての我が身への綴りです。

ルドルフ シュタイナー ☆ 精神科学・基礎編/インド・ブッダガヤ
インド/ブッダガヤ
教を読む”チベット僧”


☆ 恣意的感謝の手紙 ☆
■ ■ ■ ■ ■


人々との出逢い!

煩わしい社会
煩わしい人間関係
・・・ 煩わしくした自分がいる

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”この世は、地獄なのか天国なのか?”

”人生は、地獄よりも地獄的である”
≪芥川龍之介≫

”地獄さえも愛することができるようになれば、
あなたはもう、天国に住んでいるのです”
≪Thaddeus Golas≫


地獄から天国への思い・手紙



■ 久米建築事務所(現・久米設計)の社長だった”桜井”さん

入社当時から可愛がって頂き、設計のイロハを教わり、仲人までしていただきましたが、お礼や恩返しをする前に鬼籍に入ってしまいました。

今思うと、無鉄砲で生意気な若造・礼儀を知らなかった若造!
感謝の気持ちをどう表現するのか分からない若造でしたので、どんだけ嫌な思いを押し付けたかと反省しきりです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ある時、新宿の会員制のクラブに連れて行ってもらいましたが、格調高い室内でカクテルを飲む姿にウットリとするくらいにムードある紳士でした。

あちらに行ったら、まず最初にお礼とお詫びの挨拶をしなければならない方です。

・・・ 感謝しかありません

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■ INA新建築研究所の社長だった”小沢”さん

入社してすぐに、社長付の秘書的設計者として色々な方と合わせて頂き、面倒を見て頂きました。

所員には鬼のように恐れられていた方ですが、辞表を出したときに、涙を流して辞表を破って下さった。それでも独立するということで辞めてしまった私に、仕事を廻して下さり 更に、辞めてからも戻るようにと電話をくださった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
建築設計業界では有名なワンマン経営者で、一代で所員・数百人(準大手)の設計事務所を築き上げた方です。
エピソードとしては、飼い主にそっくりな足の短いダックスフント犬と共に、事務所内を闊歩している姿を見て、笑いを堪えるのが大変でした。

やはり、お礼や恩返しをする前に鬼籍に入ってしまいました。
あちらに行ったら、二番目に挨拶をしなければならない方です。

・・・ 感謝しかありません

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■ ”すずや”の社長だった”鈴木”さん

独立後に知り合った方ですが、色々と面倒を見てくれて幾つもの設計の仕事を頂きました。
設計時の希望や注文は殆どなく信頼して任せてもらいました。

又、苦労されて会社を設立し、軌道に乗せるまでの話を何回も伺いました。
そのような苦労の体験から、独立してから暫くは自宅を事務所にしていた私に、本社の屋上にプレハブの事務所を造っていただき、そこに事務所を置くようにと考慮してくれました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
チョットばかり物質主義的・拝金主義的なところもありましたが、私の反権力主義には同調して下さる何んともおおらかな方でした。
独立時の経済的に困窮している時にお世話になった方です。

・・・ 感謝しかありません

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■ 岐阜のギャラックの社長だった”川島”さん

私の人生の中で ”川島”さん が占めるウエイトは並大抵のものではありません。
自宅を事務所代わりに独立して、しばらくは仕事がなく夢ばかりを見ていた時に、最初にご自宅の設計を依頼してくれました。 ま~、何とかなるとは思っていましたが、妻と二人の娘を抱え少しの焦りが出てきたときでしたので、救われました。

私のいたらぬ人間性や設計を気に入って下さり、自宅から始まり、ホテルや本社のビル・クラブハウス等などの設計を任せてもらいました。
また、家族ぐるみのお付き合いもしてきました。
弟さんは、日本青年会議所の会頭までされたが方ですが早くに亡くなり、奥様も早くに鬼籍に入ってしまい、みんなで語り合った夢も消え去ってしまった。
その後、大変な苦労をされたのを存じ上げていますので、痛心していました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
又、友人として、且つ 仕事を兼ねて香港や北海道から九州まで、視察の旅のお供もしました。
そして、経済界の色々な方を紹介して頂きました。
現在は、引退されてご両親の面倒を見ていると伺いましたが、お元気でしょうか?

・・・ 感謝しかありません

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■ 岐阜のギャラックの専務だった”棚橋”さん

クライアント側と設計者との境を越えて、お付き合い頂き、人生までも語り合った仲です。
最初は、仕事上のお付き合いでしたが、段々と垣根を越えて語り合うようになりました。 大阪の仕事では辛苦を共有し、その筋の方が出てきた時には精神的に辛かったこともありましたが、共に戦い人間としての信頼関係も生まれた良い機会になりました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
上記の香港や北海道、九州までの視察旅では、同じ部屋でのことが多く色々と語り合いました。 年は十歳位上の方なのですが、歳の差関係なく友としてお付き合いしてもらいました。
幼少時に、戦後すぐの満州から苦労して帰還した柔和な紳士で、人生の戦友的な友人でした。

・・・ 感謝しかありません

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■ 熊谷組の”長谷”さん、”江崎”さん、”田村”さん

いたらぬ設計者の夢を施工面からカバーして戴きました。
偉ぶる私を多面的に援助して下さり、もう三十年近く前になりますが、利害関係の仕事が完全に終わってからも、彼らが発起人になり”施主・設計者・施工者”の会をつくり、暫くはお会いすることもありました。仕事関係というよりも、人生の一時を共有した人間同士というお付き合いが出来ました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ガサツだが人間味あふれる”長谷”さん
物静かで、心配りの”江崎”さん
インテリジェンスと反権力思想の”田村”さん

・・・ 感謝しかありません



インドにて
修行中の筆者


以上の記述は文章だけで済まそうとする、”自己満足の世界”だとは思います。
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何のために書いたのか?

この年(75歳)になり、此岸での未練は全くなくなり、いつ彼岸へ旅発っても悔いはないのですが、心の整理をしていないことに気が付きました。

心の整理 ・・・?

突き詰めれば、申し訳なかったとのモヤモヤとした思いが重なり、自己否定や自虐的行為・うつ症状に移行したような気がします。 ですから、前述のように自分自身のために書いているのです。

これを機に色々な方への感謝を心の中で綴り、此岸から彼岸へ後悔なく旅発てるようにしたいと思っています。

インド/バラナシにて


個人の全くの独り言・自己満足の世界ですが、
・・・ 感謝!


・・・ END ・・・