
筆者の独り言(本音/戯言)

無認可のムスリム宗教学校にて
生きる!
物質主義・拝金主義から離れることができるのかの問いかけに対して、”お金だけではない”と文面だけの綺麗ごとで、この特集を済ませることはできます。
しかし、
肉体を維持しなくてはならない今生!
正直な話・金が無くてはどうしようもないこの世界!
本音ではどうだろうかと悩んでいます。

私の五十代の十年間は、インドに嵌っていました。
そこで、サドゥ/修行僧の真似事をしていました。 格好をつけてみましたが、一時だからできたことです。
その時のことを踏まえ、
・・・ 生きる!
肉体を維持しなくてはならない今生についての考え(本音)を書いてみます。

インドのガンガ上流のサドゥ(※)は、手造りで小屋を建て、ガンガ(ガンジス河)の水を飲み、そこで排泄し、施しもの・素手でとった川の魚や木の実を喰っている。
タンパク源としては、蛇・カエル・野鳥や野ネズミを焚火で焼いたり鍋に入れて食べている。
そして、
死んだらガンガ(ガンジス河)に流してお仕舞い。
・・・ 所謂、縄文生活!
★ ★ ★

物質社会の中で、旨いものを喰い・良い生活をしてきたと言う写真のサドゥ。
喋ることや雰囲気が以前は知識人だったように思える。
周りのサドゥとは雰囲気が異なるので、手造りの小屋に同居させてもらった。
彼は、四住期の最終期(遊行期)に入りヒンドゥの教えに従い、家族と別れ修行をしている。・・・ 私たちが言うところの”出家”のようだ。
その彼の身体が、ガリガリに痩せているので修行の辛さが分かる。
★ ★ ★
・・・ 彼の本音は、
修行は辛いし、この生活は苦しい!
そして、
時には、旨いものも喰いたい。
と言いながら、私の持っていたビスケットを全部喰ってしまった。
彼曰く・・・
友だから言うが、
辛い修行(生活)をしていると、
時には、元の生活に戻りたいと思う。
そして、死んでしまいたいと思うこともある。
しかし、
輪廻・次の世を考えると、
最終的な解脱を得るために続けなくてはならない。
・・・ と言う。
そんな彼が、同居のお礼に幾らかのルピーを渡すと、もっとくれと”宣った”
どこにいても、何をやっても、
・・・ お金は必要ということか?
☆ ☆ ☆
ある言葉を思い出す。
・・・ 「地獄の沙汰も金次第」
(註)インドでは、一日一緒にいれば友になり、三日いれば家族になる。

仏陀・・・人生は、苦である
上記:友のサドゥ
死んでしまいたいと思うこともある。
《 筆者の戯言 》
筆者は、老齢期の入口で悶々と悩みに苛まれ、罪悪感・嫌悪感や厭世観が絶えず襲ってきた
ある意味で、鬱的な病を抱えてしまった
・・・ 状況を変えるために、
インドまで行き、そこで過激な生活を試みた
不思議に、
過激な生活を送っている時には、要らぬことを考えないで済みましたので、日本に戻ることにしましたが、文明の利器に囲まれヌクヌクと生きていると罪悪感・嫌悪感が襲ってくる。
困ったもんです、
今度は、貧乏性という病を抱えてしまった。
・・・ 現在!
歳と共に、過激な生活は無理になっているので状況には甘んじています。
そして、私のタチとして諦めました。
この状況が”カルマ”というモノなんでしょう!
★ ★ ★
人生・世間!
そのうえ、自分の身体には
訳の分からない魑魅魍魎が蔓延っている!
生きている残りの時間
少ないですが、・・・
魑魅魍魎と協調或いは闘いながら、自分本位で生きてきた反省と罪悪感・嫌悪感と対峙し、それを ” サドゥのような修行 ” として、今生を生き抜き・次の世に臨む準備をしています。
★ ★ ★
次の世に臨む準備!
その為、・・・
朝の3時位から5時まで、いったん途絶えていたシュタイナーの瞑想・バラ十字の瞑想、インドのサドゥに教わった瞑想を試みています。
傍から見たら、
変人の個人的な話です。

インドの神/カーリー
▲
・・・ 変人!
インドの神は、
そんな人間は助けない?
★ ★ ★
【凡例】
※ サドゥ/sadhu
サドゥは、簡単に言うと、ヨーガの実践者や放浪する修行者・苦行僧のことです。
実体は、
ヒンドゥ教/四住期の最終期(遊行期)に入り、社会的な行為や”物質主義”から少しずつ離れ、人里離れた山などに庵・居を移し、自己との対話を試みながら次の”生”のための精神の浄化を試み、最終的な解脱を得ることを人生の目標にしている人々の総称です。
ナーガと呼ばれるサドゥーは、最もサドウらしいサドゥなんですが、衣服を着ずに全裸で生活し・髪も剪らず髭も剃らず、白い聖なる灰を体中に塗っていますので、失礼ですが、見た目は少しばかり怖い感じがします。

又、サドゥーは、ヒンドゥー教で重要な地位を占めていて、彼らの苦行により人々のカルマを打ち破るとされていますので、人々から尊敬・敬愛されています。
しかし、残念ながら、
都市にいるサドゥは、姿を見世物にしたりお金を請求する似非サドゥも多くいますので、観光地では如何わし人々とも思われています。
現在では、ガンガ(ガンジス河)上流にしか、それらしいサドゥはいないようです。

文明の利器を得て、
便利さや快楽を満喫している私たちが、
サドゥのように縄文生活が出来るのでしょうか?
★ ★ ★ ★ ★
先ずは、
飲み水や生活水に金が掛かり、食べたモノ・飲んだモノの処分にも金が掛かる。
旨いものを喰いたいなどの欲求は抑えられるが、生きるために食べるだけでも大変!
住まいも勝手には建てられない。
建築基準法なる法律で規制している。
官僚や政治家の利権・天下り先の確保のために多くの規制を作る。
そして、暑さや寒さ!
現在の暑さや寒さを乗り切るにも金が掛る。
年を取ると、体中が壊れてくる。
・・・ これにも金が掛る。
その上、病院への移動にも車のガソリンに保険代と金が掛る。
最近では、救急車を呼ぶにも金が掛る。
更に、死んでも火葬などには驚く位の金が掛る。
その灰を自分の敷地や森に撒くことも禁止されている。
この処理にも金が掛る!
★ ★ ★ ★ ★
生きる!
肉体を維持するのにお金が掛る
いや、死んでも!
・・・ それが今生です。
★ ★ ★ ★ ★
”お金だけではない”
綺麗ごとは言えますが、
本音では、・・・
学びの成果を日常生活に反映できるのだろうか?

学びと現実のギャップを埋めるには、
シュタイナー的に表現すると、
この本音で肉体・エーテル体と対峙し、”お金だけではない”との文言を、文面だけの綺麗ごとに終わらせずに”アストラル体”に反映させることが必要なんです。
要するに、
頭だけで考えずに、現況を認識し・自我を客観的に外側で捉えずに、主体的に内側から見つめ直し、悩み・肉体(物質体・エーテル体)の悲鳴も受け止め、自分自身の出来る範疇から・少しずつでいいから”お金だけではない”との文言を認識し・見つめ直すことではないでしょうか。
現世では、人間は貪欲で・愚かな生き物だと思っていますので、少しずつ変えていく! ・・・ それしかできないのではないか、との考えに至りました。
☆ ☆ ☆
シュタイナーによると、
死直後に、その貪欲で・愚かさを浄化して次の世へと移行していくようです。
その浄化の時間は、生きてきた人生の1/3に相当するようですが、私の場合は、貪欲・愚かさを考えると、もう少し長くなるのかと恐れています。
★ ★ ★ ★ ★
今生 ・・・
人生は短い!
お金を得ても、楽しくても、
旨いものが喰えても、喰えなくても、
偉くなっても、ならなくても、
快楽に溺れようが、
苦行に没頭しようが、
そして、辛くても・悩んでも、
乞食(こつじき:仏教語)になっても、
人生を取り巻く現象は、
・・・ 直ぐに終わる!
急がなくても生物は必ず死にます。
★ ★ ★
だからと言って、自虐的になったり、他者を傷つけるのは”得策”ではない。
それは、シュタイナーの言われる、
「死と死後」の項の死後すぐ後に来る諸体験 ・・・ を読んでみて下さい。
何故にそうしないほうが”得策”なのかが分かります。
Stage4 シュタイナー特集 No4
の巻末の☆最終稿4☆に記載してありますので読んでみて下さい。
死後の世界観!
信じるかどうかは別にして、” 生きる ” を別の観点から考える切っ掛けになります。
★ ★ ★ ★ ★
・・・ 筆者の独り言(戯言)です。
☆ 筆者の自由と平等観 ☆

筆者・インドにて
筆者は、前記したように50代の十年間に自由というモノを考えてインドを彷徨った。
そのインドでの差別(カースト制度による身分差別)の実体験から”自由と平等”の大切さを身に染みて実感し、その後の人生は、この”自由と平等”をモットーにして生活をしています。


俗にいう、”ハリジャン/ダリット”の子供達
《 カースト制度 》
正確にはヴァルナ・ジャーティ制度(四姓制度)と呼ばれるもので、「カースト」とはポルトガル語の血筋/血統を表す”casta(カスタ)”が語源になっていますが、基は、ラテン語の”castus(カストゥス)にあります。
又、ヴァルナ(梵: varṇa、वर्ण)とは色種を意味し、四層の種姓(身分)に分割した古代インド宗教のバラモン教の階級思想です。
《 カースト制度 》 は、下記の四つの階級に分かれています。
1・知識人(僧)階級
婆羅門/バラモン:ブラーフマナ
2・支配者階級(王・為政者)
刹帝利/セッテイリ:クシャトリァ
3・庶民階級
吠舎/ベイシャ:ヴアイシャ
4・肉体労働者階級
首陀羅/シュダラ:シュードラ
この階級外として ”ハリジャン/ダリット”が存在します。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ハリジャン・ダリット/不可触民(ふかしょくみん)
カースト制度(ヴァルナ・ジャーティ制)の外側にあって、インドのヒンドゥー教社会における被差別民で、総数は約2億人と推計されている。
現在、インドの人口は約13億人ですので、約7人に一人の割合の彼らは、アンタッチャブル、アウトカーストもしくはアヴァルナ或いはダリットと呼ばれる。
ガンジーは、その人たちをハリジャン(神の子)と呼びました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
下級カーストのインド人は言う。
差別あるカースト制度のおかしさを!
しかし、
その人が ”ハリジャン・ダリット”をひどく差別する。
ある意味では、人間として見ていない。
☆ ☆ ☆
腹をすかしたハリジャンの子供を、汚い大衆食堂に連れていくが、入れてもらえない。
彼らの見る目もゴミでも見るようだった。
私が喧嘩腰に文句を言ったら、裏の薄暗く汚いみたいなところに、床に転がっていた木材でテーブルとイスを作り、そこで食べろということでした。
店を出ようとも考えましたが、変な意地もありました。
又、己の得手勝手な良心で、飢えている子供に食べさせたいと思い、物置みたいな場所で子供と一緒に食べました。
子供は、喜んで私の分までガツガツと食べていた。
彼らからすると、ハリジャンの子供達・人々は、ゴミなんです。
一緒にいた私も同様にゴミなんです。
ゴミとみなされた日常では、
こんなことの連続でした。
☆ ☆ ☆
平等に自由 > 差別や不自由!
頭では理解し行動してきましたが、内側に入らなければ分からない”心の痛み・傷”があります。
人間ではなくゴミなんです!
確かに汚い恰好はしていたが、
そのこととは別問題の差別!
人間の尊厳が傷つく体験でした。
・・・ 悔しかったですね。
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人間の尊厳!
私も知らない間に/気が付かない形で・無意識的に彼らと同じようなことをしていなかったか?
気が付かない・無意識なので分かりえないが、自問自答を繰り返すしかない。

マザーハウス(死を待つ人々の家)にて
笑っちゃうが、これぽっちのことで惨めになった!
それを思うと、
マザーテレサやガンジー、
どんなに悲惨なこと・惨めなことを体験し乗り越えたか!
・・・凄い人たちがいた
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
この体験から人間の愚かさと、人間の尊厳! ”自由と平等”の大切さを実感しましたので、四十数年前から独自に学んでいるシュタイナー思想(精神科学/人智学)を掘り下げ、以前から開設していたシュタイナー特集のホームページに、私の思いを綴ってみようと考えました。
《 別録 》
神秘的な国での神秘的な体験!
インドでのアーユルヴェーダ体験記
インドは神秘的な国です。
ヨガにしろ、ウパニシャッド・インド占星術/ホロスコープ・人々の預言書(アガスティアの葉)にしろ、彼らの生き方にしろ何とも不思議な国です。
その不思議なインドで病気になってしまった。
お世話になっていたアーユルヴェーダを信奉している家族に見てもらい、症状がひどかったので、家族の知り合いの”仙人みたいなお爺ちゃん”に手当をしてもらうことになった。
・・・ その神秘的な体験記です。
興味のある方は、下記文字をクリック/タップして読んでみて下さい。
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※ インドでのアーユルヴェーダ体験記
END