2020年元旦 謹賀新年



2020年1月1日  
・・・ 八ヶ岳・富士見高原の昨今

年始の朝は、薄っすらと雪化粧した木々を見ながら酒を飲む


昨年末のニュースでは、一年に一度の大晦日の除夜の鐘がうるさいと近隣住民から苦情が重なり、除夜の鐘を止める寺が増えているとのことでした。

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気のせいか! 昨晩(大晦日)、除夜の鐘が弱々しく聞こえてきました。
そして、【 祇園精舎の鐘の声、諸行”無情”の響きあり 】 と、思えてしまいました。

午後は化粧を落とした木々を見ながら、又 酒を飲む


年の初めに、去年と一昨年の日記帳を捲っていたら、毎年・同じような日に同じようなことを悩み、同じように嘆いています。
そして、同じような事を同じような日にやっていることにも気がつきました。
違うのは、鏡に映る我が顔、足腰の弱り方、目や耳が悪くなり、手足の関節炎になったことなどの身体の変化!
”平家物語”ではないですが、人の生の無常を感じる今日この頃ですが、何とか今年も元気に・平和に過ごしたいと思っています。

・・・ 宜しくお願い致します

祈り/インドにて

皆様にとって良い年になりますように!



■  シリーズ :旅の途中! ■ 
色々な景色やモノを見て、色々な考え・色々な人に出会う! 2020

インドのガンジス河(ガンガ)の対岸に昇る朝日/India:Varanasi


今年は、私の好きなインドの詩人「タゴール」の詩 を紹介し、この詩で ”シリーズ:旅の途中!” を始めたいと思います。

■ タゴール ■ 「RABINDRANATH TAGORE (India/1861~1941)」

【 百年後 】   まさに約百年前に書かれた詩です

いまから百年後に
わたしの詩の葉を 心をこめて読んでくれる人
君はだれか ―― 
いまから百年後に
早春の今朝の喜びの 仄かな香りを、
今日のあの花々を、鳥たちのあの唄を、
今日のあの深紅の輝きを、
わたしは、心の愛をみなぎらせ
君のもとに、届けることができるだろうか ――
いまから百年後に
それでも、ひととき 君は南の扉を開いて
窓辺に座り、 
遙か地平の彼方を見つめ、物思いにふけりながら
心に思いうかべようとする ――
百年前の とある日に 
ときめく歓喜のひろがりが、天のいずこよりか漂い来て
世界の心臓(こころ)にふれた日のことを ――
いっさいの束縛から解き放たれた 奔放で うきうきした
若やいだ早春(ファルグン)の日のことを ――
羽ばたく翼に 花粉の香りをいっぱいのせた
南の風がにわかに 吹き寄せ 青春の色調で
大地を紅く染めたのを――
君の時代(とき)から百年前に
その日、生命たぎらせ、心に歌をみなぎらせて
なんと詩人は目覚めていたことか、
どんなにか愛をこめ どんなにか多くの言葉を
花のように咲かせたがっていたことか!
百年前の とある日に。
今から百年後に
君の家(うち)で、歌って聞かせる新しい詩人は誰か?
今日の春の歓喜(よろこび)の挨拶を、わたしは その人に送る。
わたしの春の歌が、しばし君の春の日に こだましますように。
君の心臓(こころ)の鼓動のなかに、若い蜂たちのうなりのなかに、
そして、木の葉のざわめきのなかにも、こだましますように。
・・・・・・・・・・・・・ いまから百年後に!