八ヶ岳・富士見高原の風土と文化
富士見高原ペンションビレッジの歴史

長野県(信州)・八ヶ岳富士見高原の宿 villa fromnow club

八ヶ岳・富士見高原ペンションビレッジ/villa fromnow club ( ビラ フロムナウ クラブ )
villa fromnow club ( ビラ フロムナウ クラブ )
長野県(信州)諏訪郡富士見町境広原12067879
八ヶ岳・富士見高原ペンションビレッジ )


信州・八ヶ岳富士見高原周辺散歩

FNイラスト




富士見高原/花鳥風月

八ヶ岳富士見高原森林浴
八ヶ岳富士見高原で森林浴


信州・八ヶ岳/富士見高原の風土と文化
富士見高原ペンションビレジの歴史

——————————————————

八ヶ岳南麓 富士見高原

八ヶ岳・富士見高原の宿/富士山と日の出
富士見高原の日の出と富士山
八ヶ岳・富士見高原の宿/fromnowの庭から見た星空
八ヶ岳・富士見高原の星空
八ヶ岳・富士見高原の夕焼け空
八ヶ岳・富士見高原の夕焼け空
エコーラインの立沢大橋と八ヶ岳
妖精が現れるような富士見高原の雪景色
妖精が現れるような富士見高原”森の雪景色”
新雪の八ヶ岳富士見高原
新雪の八ヶ岳富士見高原villa fromnow club 前のカラマツ林


八ヶ岳 富士見高原を含む八ヶ岳南麓は、空気が綺麗で澄み切っているため星空観測のメッカです。
近くの野辺山には”国立天文台 野辺山宇宙電波観測所/電波天文台”があり、大きなパラボラアンテナが設置され、宇宙観測が行われています。

又、富士見高原は、文豪が多く由来し小説の舞台にもなった文化的な高原でもあります。

☆ ☆ ☆

長野県諏訪郡富士見町
富士見高原の八ヶ岳での位置関係

八ヶ岳国定公園地図
八ヶ岳国定公園地図

八ヶ岳は、長野県に縦に長く存在し、長野県も、太平洋側から日本海側に縦に細長く存在しています。
その八ヶ岳の南のはずれに位置する 所に富士見町はあります。

富士見町は、 長野県の南の端にありますので、北の端の新潟県に隣接している県庁所在地・長野市との距離感は、感覚的には東京よりも遠くに感じます。

又、富士見町の東端・八ヶ岳の一つ編笠山の中腹にある富士見高原は、山梨に隣接していて中央高速のインターは、山梨の小淵沢ICが最寄りになります。
買い物も山梨側に行くことが多く、 近場の観光地も小淵沢 ( 道の駅・アウトレット・乗馬 etc ) や大泉・清里と山梨側に多くあります。

私見ですが、諏訪地方の文化や風土は、諏訪高島城が武田氏による諏訪方面の支配拠点であったように、武田信玄以来山梨(甲斐)側に近いと思っています。




野辺山宇宙観測所
野辺山国立天文台 / パラボラアンテナ
八ヶ岳富士見高原の森
八ヶ岳富士見高原の森
八ヶ岳富士見高原・森の宿 villa fromnow club
小鳥の誕生
富士見高原ペンションビレッジ生まれの小鳥です
キツツキ
富士見高原の住人アカゲラ:キツツキ
軒天に穴をあけるこの鳥には悩まされます。
リス
富士見高原の住人リス
野兎やリスは、最近見かけなくなりました

以前いた、大きな白いフクロウも見なくなりました
鹿
富士見高原の住人鹿は沢山います。
朝晩よく鳴いています
キジ
富士見高原の住人キジも沢山います。
こちらも朝晩よく鳴いています
セキセイインコのPOPO
高原の樹木:満開の富士桜とPOPO
自然に戻ったセキセイインコ
甲斐駒ヶ岳を望む富士見町の田園風景
甲斐駒ヶ岳を望む富士見町の田園風景
甲斐駒ヶ岳を望む富士見町の田園風景2
南アルプス麓(机集落)の田園風景
南アルプス・甲斐駒ヶ岳
南アルプス・甲斐駒ヶ岳
編笠山
八ヶ岳編笠山


富士見町にある”富士見高原病院”は、昔結核の療養所/サナトリウムでここに入院していたのが、堀辰雄や菊池寛、横溝正史、竹久夢二、矢野綾子などの方や昭和の棋聖と称され戦後日本囲碁界を牽引した呉清源も療養していて作家の川端康成が度々お見舞いに訪ねて来ていたようです。

それから山岳文学の山口耀久,随筆家の伊藤礼,童話作家で詩人の 岸田衿子と多くの作家が療養しています。

堀辰雄は、この地で有名な「風立ちぬ」を執筆し、菊池寛は新聞小説「街の灯」を執筆しています。
竹久夢二は、この富士見高原療養所・サナトリウムで昭和9年9月1日に数え五十歳で亡くなっていますので、富士見高原療養所が終焉の地になったのです。

又、その当時の院長が、経営は厳しかった高原療養所の名を広めるために、長野県佐久の同郷出身で作家仲間の久米正雄に,療養所を舞台にした小説「月よりの使者」の執筆を依頼しています。

昭和8年月刊誌の新年号から9月号に連載されると,大人気になり、翌年・同名の作品が女優入江たか子により映画化されて人気を博し,富士見高原療養所の名も全国的に知れ渡ります。



それに、縄文文化のにおいがする高原でもあります。
近くの信濃境には、井戸尻考古館があり縄文遺跡の竪穴住居などが展示されています。

井戸尻遺跡
井戸尻遺跡
土偶:始祖女神像
土偶:始祖女神像井戸尻考古館HP引用


又、 少し足を延ばせば、茅野市尖石縄文考古館があります。
そこには有名な”縄文のビーナス”とよばれる国宝の土偶が展示されています。
この周辺の地は、縄文文化遺跡のメッカでもあります。

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: jyoumonn-b.jpg
国宝土偶
縄文のビーナス

ざっと書くとこのような地です。
凄い文豪や遺跡に関わりのある地であり、高原なのです!

八ヶ岳
富士見高原ペンションビレッジ

この地にあるのが、八ヶ岳・富士見高原ペンションビレッジで、富士見町が開発を昭和57年(1982年)に完了し販売しています。
一つ一つの土地にオールウエザーのテニスコート一面が付いています。

・・・ 今から40年前です。

八ヶ岳 富士見高原ペンションビレッジの地図
八ヶ岳 富士見高原ペンションビレッジ
NO 1 – villa fromnow club


富士見高原ペンションビレッジは、中央に”信玄棒道”がありその上下にペンションや建物が建つように25件の土地が用意されました。

現在では半分以上が入れ替わり、三代目の方たちもいます。
その地に最初(昭和57年)に契約し、建物も最初に建てて今日まで 何とか生存しているのが、ヴィラ フロムナウ クラブ です。

下の写真は、信玄棒道を中央にして森に囲まれたビレッジの姿です。
富士見高原ペンションビレッジ ・・・
自然に囲まれたところで あり、40年間の歴史ある”村”です。
40年!
富士見町・小淵沢周辺の変化と共に色々な思い出があります。
昔は本当に何もない田舎でした。
吉幾三さんの、「俺ら東京さ行ぐだ」の歌詞のような世界でした。
その田舎に憧れ、足を踏み入れました。
良かったのか、悪かったのかは分かりませんが、 今は便利になり都会と変わりなく生活できます。
方言もなく、ほとんどの方が東京弁で、コンビニだって、ホームセンターだって、西友だって、100円ショップだってなんだってあるんです。

今じゃ、田舎ブームで「俺ら田舎さ行ぐだ」 です。

紅葉の信玄棒道
紅葉の富士見高原ペンションビレッジ内の信玄棒道


富士見高原のペンションビレッジ は、原村に日本で最初のペンションビレッジが出来、そのすぐ後に出来ました。
その頃は、ペンションブーム、テニスブームでテニスコートを一面以上確保するのに大変な思い出があります。

それが今では、お荷物的な存在になっているのが正直なところですので、ビレッジの方々とはこのテニスコートを何とか使い道がないかと思案しています。
ブームというものは去ってしまうと、寂しさやそのものの影が残ります。

 新雪/富士見高原ペンションビレッジ内の信玄棒道
新雪/富士見高原ペンションビレッジ内の信玄棒道
雨の富士見高原ペンションビレッジ内の信玄棒道
早春の雨/富士見高原ペンションビレッジの信玄棒道
ビレッジに隣接する林と満開のヤマブキ
ビレッジに隣接する林と満開のヤマブキ


しかし、この地は自然に恵まれ、地の利も良い場所ですので、体と相談しながらですが何とかこれからもこの地に根を張っていきたいと思っています。

—————————————————————————–


villa fromnow club
ビラ フロムナウ クラブ

八ヶ岳編笠山の紅葉
自然:八ヶ岳編笠山の紅葉

END